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わがままな氷上の貴公子
第8章  本当の闘い


 つい背中を向けると、後ろから抱きしめられた。
 また、羽交い絞めだけどな……。
「悠ちゃん……。好きだよ……」
 それは何度も聞いた。
 大事なのは、その先なのに……。
 体の熱も収まり、やっと潤から解放される。
「オレ達って……」
「え?」
「別に……。シャワー浴びてくるから、シーツ換えとけよ」
 クローゼットから出した新しいシーツを投げ、そのままバスルームへ行った。
 塔子との誤解は解けたが、オレ達は恋人同士じゃない。
 オレの知らない所で、潤には本命がいるかもしれないのに……。
 この家以外では、何をしていても分からない。
 今度は、そんなことで悩むなんて……。
 あいつがはっきり言わないせいだ。
 溜息をついてからシャワーを浴び、頭を切り替えようとした。
 今一番大切なのはスケート。
 オリンピックは、フィギュアスケーターにとって数回しかないチャンス。
 あの大舞台で滑りたい。
 その結果も、今考えることじゃない。
 まずは、グランプリファイナルで二位までに入る。
 改めて、そう決意した。


 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


「ファイナルのフリーの、演技構成を、変えられませんか?」
 練習が始まる前、コーチの鈴鹿に言ってみる。
「1.1倍になる所に、大技を入れたいんです……」
 鈴鹿が黙ってしまう。
 大技と言えば4回転。
 後半には疲れが溜まるし、オレは元々、他の選手に比べて持久力がない。
 それは分かっている。
 でも今のままじゃ、二位は危ないかもしれない。
「賭けになるな……」
 鈴鹿も、オレと同じことを考えていた。
 ジャンプの内容を変えるだけなら、今からでも遅くはない。細かいステップを変えるのとは違う。
 二位になれなければ、それ以下なら何位でも同じ。だったら賭けでも構わなかった。
 残り数週間で持久力を付けるのは、無理に近い。それも分かっての判断だ。
 勝ちたい。
 ただそれだけ。
 振付師は、オレの持久力を考えて構成してくれた。
 それを今更変えてくれと言えば、振付師にも時間が必要だろう。仕事へのプライドだってあるはず。
「俺は、避(さ)けた方がいいと思う……」
 鈴鹿に言われてしまった。


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