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わがままな氷上の貴公子
第8章  本当の闘い


 潤の入院騒ぎの時だって、航空券やホテルまで手配してくれた。
 今だって和子さんの機転がなければ、恰好のゴシップネタだっただろう。
 滑りにだって、精神的に影響する。
「くだらないことはもう忘れて。食事にしましょう?」
 でも、和子さん……。
 色々と冷静に考えられるなら、オレと潤の関係にも気付いているかもしれない。
 もしかして、セックスについても……?
「いただきまーす。悠斗? どうしたの?」
「えっ。あっ、いただきます」
 潤はもう、食事をかき込んでいる。
 こいつとの件は、また後で考えよう。
 今は悩みを増やしたくない。
 残りの三回に4回転を跳ぶか、回避するか。それが今一番の問題だ。
 オレが跳びたいと言っても、コーチは止めるだろう。長い付き合いだから、オレの持久力についてよく分かっている。
 もしかしたら、オレ自身以上に。
 オレは跳びたい。
 1.1倍になるのは、二分も滑った後。その間に、色々なエレメンツが入る。
 短いショートプログラムなら後半まで持つが、四分もあるフリープログラムの後半に、絶対の自信は持てない。
 何とか食事を終え、千絵の提案もあってリビングで昔のDVDを観ていた。
 オレの母親が撮影したもの。
 まだ、六歳くらいだろう。
 オレと千絵が手を繋ぎ、無邪気に滑っている。
 この頃は、オリンピックなんて夢でしかなかった。夢といっても現実を知らなくて、『オリンピックに出たい』とただ口にしていただけ。
 何も知らなかった頃が懐かしい。
 紅茶を飲みながら、溜息が漏れてしまった。
「悠ちゃんも千絵ちゃんも、ちっちゃくて可愛いねえ」
 子供なんだから、小さくて当たり前だろう?
 お前は、生まれた時からそのガタイか!?
「この頃は、楽しかったね……」
 千絵が呟く。
 以前より元気がないのは、クラブで会った時から気付いていた。
「千絵ちゃん。今日は泊まっていきませんか?」
 和子さんが、千絵を覗き込んで言う。
「え、でも……」
「洗濯物なら、朝までに仕上げますから。私も泊ってもいいですし。ねえ、悠斗さん」
 和子さんも、千絵の異変に気付いているんだろう。


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