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わがままな氷上の貴公子
第8章  本当の闘い


「でも、抱き合って……」
「抱き合ってないよっ! オレからは、千絵に触ってないからなっ!」
 一応は納得したようだが、いつものニコニコ顔にはならない。
「オレは……。女に、興味ないんだよ……」
 横を向いて言った。
 興味がないと、はっきり思ったことはない。でも、今まで付き合ったのは男だけ。だから、そう言っといてやる!
 これで納得するだろ?
「千絵ちゃん、可哀そう……」
 そっちの心配か……。
 ホッとしたような、不思議な気持ちだ。
「だから、そっとしといてやれよ。いつも通りに接して」
「うん。分かった」
 潤がやっと笑顔になる。
「悠ちゃん……」
「んっ……」
 いきなりキスされて、抵抗はしようとした。
 無理なのは分かってるが……。
「やめろっ!」
 何とか顔だけを離し、睨みつける。
「泊まってもいいから。セックスはナシだぞ!」
「えー」
「大事な時期って言ったろ? そのせいでオリンピックを逃したら、責任取れるのかよっ!」
 練習より、潤とのセックスの方が疲れる。
「オレは、いなくならないから……。ファイナルが終わるまでは、お預け!」
「うん……」
 しょげた顔に溜息をついてから、ドライヤーを使い始めた。
 何か言っているが、声がでかくてもさすがに聞こえない。
 悩んでいるのは、千絵だけじゃないんだ。
 どんな競技の選手だって、オリンピック出場が決まるまでは緊張するはず。世界大会の経験はあっても、それとはまた違う。
 髪を乾かしてから、ベッドの隅へ横になった。
 練習の疲れを取るために1人で寝たいが、今日は千絵のためだ。
「悠ちゃん……」
 背中を向け、羽交い絞めにされる前に手を振り払った。
 手元のリモコンで灯りを消したが、すぐには眠れそうにない。
 オレにとって、一番大切なのは何だろう……。
 今のプログラムのまま、完璧に滑ることなのか。それとも、無理を覚悟で最後の三回に大技を入れるか。
 今のままでも完璧に熟せば、二位に入れるかもしれない。
 無理をすれば、転倒の恐れがある。
 自分が情けない……。
 そんな風に思ったのは、初めてだ。


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