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キズ×ナデ【Hな傷跡と仮初の愛撫】
第1章 山本均
そんなはずがなかった。実際、レジの中には紙幣も硬貨も十分に足りている。仮に補充が必要だった場合でも、金庫から出してくれば済むだけの話。
だから、なぜ先輩がこんなことを言い出したかといったら、それは嫌がらせに他ならない。いつも怪しい姿で深夜にやってくる、そのお客に対して、からかい半分。ニヤニヤと笑みを浮かべる、その口元がなによりの証拠だ。
そんな意地悪な先輩に対して、とんだ言いがかりをふっかけられた当人の方は、すっかり困り顔――とはいえ、表情はマスクと帽子で見えないけれども。
「ううっ……あ……」
そんな小声がくぐもって、マスク越しに聴こえてくる。
「!」
こうして声を聴くのは、はじめてのこと。弁当などを買う時に「あたためますか?」などと聞いても、いつも首を縦か横に振るだけだった。
だから確信を得たのはこの時。そして当然ながら、隣の先輩も気づいたはず。
ドテモンさんは、女の人だった。
「あ、あの……」
明らかにうろたえながら、なんとか言葉を絞り出そうとしている。その様子と声から、彼女が想像以上に若いのではないかと思った。
おそらく同様のことを悟り、僕の隣に立つ意地悪な先輩は更に口角を上げる。
「マスクと帽子を取って、顔をみせてもらえません?」
なんの脈略もなく、そんなことを言った。
「え……? か、かお……?」
当然ながら、ドテモンさんの方は更に困ったに違いなく。会計もしてもらえず、一万円札も取り上げられたまま、その理不尽に戸惑うだけだった。