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秘密の師範と内緒の愛弟子(ビスカスさんのサイドストーリー)
第7章 婦人の悩みと殿方の困惑

「ご覧の通り、害の有る物では御座いません」
「少なくとも、即効性の毒では無い様ね」
「毒としての即効性は御座いませんが、薬としてはなかなかの物で御座いますよ。ほら、この様に」

 ジャナは自分の顔を指差しました。
 飲み終わった直後から、体の芯から全身に熱が回り始めております。色白で普段血色が良い方ではないジャナの変化は、見る人にも分かりやすい筈でした。
 
「温かい物を飲んだせいではないの?」
「お試し下さい、どれほど温かいか」

 ジャナは自分の飲み干した後に先程湯を満たした茶碗の中身をあけると、薬湯を注いで御館様の前に置きました。

「……ふん……冷めてて不味そうだわね……」
「ええ。人によっては不味く感じるやも知れません」

 御館様が手を触れた碗に注がれた薬湯は、とっくに冷めてしまっております。それを皮肉った言葉に澄まして返事をしたジャナを、御館様は嫌そうに見ました。

「まあ、良いわ。私に何か異変が有ったら、お前の所を丸ごと潰すだけだから」
「御意に御座います」

(潰すのか。大変だなあ……どうやったら潰れるかな? まず騙し討つなり館ごと焼き討ちするなりしておいて、師範様を黙らせて……)

 神妙に垂れている頭の中で闘人館の潰し方をあれこれと考えていたジャナは、一瞬の後はっとして意識を引き戻しました。
 顔をしかめた御館様が茶碗に口をつけるのを、危うく見逃す所でした。
 女性がこの薬湯を試すのは初めてですし、初めての反応は一度きりです。ジャナは不審にならない様に気をつけながら、目を皿の様にして観察しました。

「……う」
「どうなさいました?!」

 薬湯を飲んだ御館様は目を見開いたままで固まり、家令は青くなってジャナに詰め寄りました。

「お前、まさか奥様に」
「はい?」
「……これは……」
「奥様っ!?」

 御館様がなにやら呟いたので、家令は慌ててジャナを放り出すとそちらの方に歩み寄りました。

「……これは……なあに……?」
「え」

 御館様の顔色も表情も、声色までもが、ふわりと崩れて和らぎました。
 纏っていた冷たさが消え、どこか夢見る様なうっとりとした微笑みを浮かべて宙を眺めています。

「奥様……」
「宜しかったら、貴男様もどうぞ」

 何が何だか分からぬ態で呆然とする家令に、ジャナはにっこりと笑いかけながら、薬湯の碗を差し出しました。
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