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僕の美しいひと
第1章 春の野良猫
鬼塚はこの春、恋人だった芸者の美鈴と正式に籍を入れた。
二人の結婚式は、郁未の提案で洗足学院のチャペルで行われた。
「もう一緒に住んでいるんだぞ?
今更、式なんてあげなくていい。」
そう拒む鬼塚を、郁未は必死で説得した。
「結婚式は一生に一度のことだよ。
美鈴さんだってきっと花嫁衣装を着たいはずなんだから」

渋々といった風に承諾した鬼塚だったが、式当日に鬼塚の妹の笙子に介添えされチャペルの入り口に現れた美鈴を見て、彼は一瞬息を飲んだ。

普段は日本髪に和装の美鈴だが、この日ばかりは純白のレースのウエディングドレスに髪を優美に洋風に結い上げ、長く裾を引く白いベールを付けたその姿は大層美しかったのだ。

鬼塚の眩しげな…愛おしげな眼差しを見て、郁未は少し胸が痛んだ。

…式は厳かに執り行われた。
指輪の交換が済み、鬼塚が美鈴の貌に掛かるベールをそっと上げ、誓いのキスをした。


郁未はぼんやり思い出していた。
…士官学校の卒業式の朝、郁未は決死の覚悟で鬼塚に頼んだ。
「…キスして…鬼塚くん…」
鬼塚は少し驚いた貌をしたが、そっと優しいキスをしてくれた。
郁未を強く抱きしめ、誠実に告げてくれた。
…「俺の生涯の友はお前だけだ…」
それで充分だと思った。
戦後奇跡的な再会を果たし、一緒に学校設立に力を合わせた。
…鬼塚と一緒にやり甲斐がある仕事に取り組める幸せを噛み締めた。

…だから…これで満足しなくちゃいけない…。
郁未は己れに言い聞かせた。



…教会の鐘が鳴り響く中、式を挙げたばかりの二人は礼拝堂の入り口に現れた。
すらりとした長身に端正な容貌の鬼塚は、正装が良く似合う。
小柄な美鈴は鬼塚に縋り付くように寄り添っていて、その桜色に染まった小さな貌は幸せに光り輝いていた。
鬼塚は、そんな美鈴を優しく見つめていた。
照れ屋で強面の鬼塚は普段は決して多くを語らないが、心の中ではずっと自分に健気に尽くしてくれていた美鈴をとても愛おしく思っているのだ。

学院の生徒たちと共に二人にライスシャワーを浴びせながら、郁未は心の中で鬼塚に別れを告げた。

…さよなら、僕の初恋のひと…。

郁未は、それっきり鬼塚への想いを封印したのだ。




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