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僕の美しいひと
第4章 真実と嘘
梅は、昔を思い出すようにゆっくりと語り出した。
「…あたしと菊乃ちゃんは、何年も前から長屋の隣同士でね。
ある日、どうも隣から赤ん坊の泣き声がするからおかしいと思って覗いたら…あんたがいるじゃないか。
あたしは菊乃ちゃんを問い詰めたんだよ。
…そしたら、勤め先の侯爵様の赤ちゃんを攫って来たと言うじゃないか!
あたしは腰が抜けるほどに驚いて、すぐに菊乃ちゃんを説得したんだ。
馬鹿なことはおやめと。
この赤ちゃんの本当の両親がどれだけ心配しているか…てね。
すると菊乃ちゃんはこう言ったんだよ。
…最初は幸せそうな侯爵夫人が憎くて、赤ん坊を盗んだ。
でも、貌を見たら可愛くて可愛くて仕方なくなった…て。
好きで好きでたまらない旦那様の血を分けた子どもを自分が育てたい…どうしてもこの子が欲しい…てね。
あたしがどんなに返すように説得しても、菊乃ちゃんは首を縦に振らなかった。
…そうこうしているうちに、警察が辺りを探し回るようになった。
あたしは菊乃ちゃんとあんたを連れてあたしの郷里の山梨に一度身を潜めたんだ。
…逃げているうちに、菊乃ちゃんの気が変わることを願ってね。
…でも…」

梅は清良を見て愛おしむように微笑んだ。
「…あんたはどんどん可愛くなってね…。
菊乃ちゃんを本当の母さんだと思ってすっかり懐いて…笑いかけるようになったんだよ。
菊乃ちゃんも…もう復讐なんて気持ちはこれっぽっちもなくて…ただただあんたが可愛くて仕方がない…もう離したくない…て泣いたんだよ。
…それであたしは覚悟を決めたんだ。
この秘密は…あたしの胸に納めて墓場まで持って行こう…てね」
「…婆ちゃん…」
涙で言葉にならない清良の髪をそっと撫でる。
そしてきっぱりと言い切った。
「菊乃ちゃんは本当にあんたが可愛くて育てたんだよ…。
愛していたんだよ」

…でも…と、襟を正して伊津子に向き直るとその場に手をついた。
「菊乃ちゃんがしたことは、誘拐です。
それを止めなかったあたしも同じだけの罪です。
決して許されることじゃありません。
申し訳ありません。
今更なんだとおっしゃるかも知れませんが…奥様のお気の済むように、どうぞご処分くださいませ」
梅は白髪頭を床に擦り付けた。



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