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僕の美しいひと
第5章 新たなる扉
廊下を歩きながら、笙子は院長室を振り返った。
「…清良さんは郁未さんがお好きなのですわ…。
私には分かります。
郁未さんのお話をされる清良さんは本当にきらきらした眼をされて嬉しそうで…あれは恋する乙女のお貌ですわ」
「郁未もだ。
あいつがあんな風に一人の人間に熱を入れ上げることは初めてだ。
…清良をとても大切に愛おしく思っているはずだ」
「…では…」
笙子が立ち止まり、鬼塚を見上げる。
鬼塚は困ったようにため息を吐いた。
「…いや、だからこそ郁未は清良には告白しないだろう」
「なぜですの?」
不思議そうに眉を顰める笙子を見下ろす。
「あいつは院長だからだ。
生徒の幸せを一番に願っている。
もし、郁未と一緒になったら…清良の過去が詮索され露わになることを、あいつは恐れているんだ。
…清良のこれからの人生に一点の曇りも与えたくないんだよ。
…郁未の生き方はいつもそうだ。
相手を尊重し、自分を犠牲にする。
…自分のことより、相手を大切にするからだ」
鬼塚の瞳の中に、愛しみと僅かな痛ましさの色が浮かんだ。

「…そうですか…。
でも、そうだとしたら…郁未さんは間違っていらっしゃるわ」
笙子のいつにない強い口調に、鬼塚は眼を見張る。
「…女は…好きな男性に愛されることが、一番の幸せなのですよ。
愛する男性が側にいたら、何でも乗り越えられるのです…」

笙子はどこか艶めいた眼差しで、鬼塚を見上げた。
一瞬、胸を突かれ息を飲む。
「…小春…」
ふっと眼差しを和らげ、笙子は微笑んだ。
「…それに…女はそんなに弱くはありませんよ。
どんなことがあろうとも立ち上がり、強くしたたかに生きてゆけるのもまた、女なのですから…」

その楚々とした林檎の花のような美貌に、和えかな色香を滲ませ、笙子は静かに階段を降りて行くのだった。


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