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家に桜の木が有るんだけど花見しないかと彼女を誘ってみた話
第4章 桜の下の幽霊

「単語は、悪くないんですけどね……」
師匠は、しゃがんだ。
間近でじーっと、僕の目を見詰める。
「どんな景色が、見えてます?」
「景色……」
景色、と言われても。
何も見えない。音しか浮かばない。
「……景色には、ならなくて……音にすると、それなんですが……」
「……分かりました」
目を閉じて曲を聴く彼女の口から、言葉が流れ出す。
ひらひらと輝く花片の様な、
快く耳をくすぐる様な、
泣きたい様な笑みたい様な、
言葉にならない思いを取り出してざわつかせる様な、
それを再び胸の底にきちんと沈めて収める様な。
僕が組み立てた音の流れに、彼女はそんな言葉を乗せる。
「これ、その曲で言いたい事と、近いです?」
「……近いどころか……そのものです……」
旋律が言葉に変換される装置がもしも有るなら、彼女はきっと、それを身の内に持っているのだろう。それらの言葉と音たちは、僕の中ではほとんどぴったり重なるからだ。
逆も然りで、彼女が綴る詩は、僕の中では旋律になる。他の誰の言葉でも、たとえ名のある大家の名文だろうと、そんな風に聞こえて来た事なんて無い。
「先生?」
「何です?……先生じゃないけど」
僕に渡す為に、紙に自分の言葉を書き留める師匠。
「そろそろ、名前出させて貰えませんか?」
詞は、ユニット名で発表している。
本当は、ペンネームでも良いから彼女一人の名前で出したかったのだけど、そんな事をするなら手伝わないと、頑として譲らなかったのだ。
「……嫌ですよ。お断りです」
「どうして?もう卒業するんだし」
「そんなの関係有りませんね。私、ゴーストが良いんです」
師匠は眩しげに桜を見上げた。
「……華やかに、咲くんじゃなくて……日が当たったら消えてしまうかもしれないくらいの所に居るのが、居心地が良いんです」
不意に風が吹いて、花片が僕らの上に降る。
花吹雪を纏って儚く笑う、唯一無二の僕の幽霊。
「……あ。」
「え?」
「なんか、情緒が湧きそうな気がする……」
「ほんとに?!……っ!!」
「付いてますよ、花片。」
彼女の綺麗なおでこに、唇を寄せて。
そんなのは情緒じゃなくってセクハラです!と怒鳴られる前に、そこに留まった花片を、ふっと優しく吹き払った。
【三組目 終】

