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フリマアプリの恋人
第7章 秋桜の秘密
澄佳は息を呑む。
…五年前に別れた理由…。
それは、片岡の妻と澄佳との凄惨とも言える事件が発端だった。
裁判沙汰にこそならなかったが澄佳は片岡と別れ、片岡の妻は精神を病み入院した。
片岡は事件以来、妻に付き添い、澄佳は身を引く形で片岡の元から去ったのだ。

…それ以来、一度も連絡は取り合ってはいない。
澄佳は内房のこの小さな海の町を出なかったし、敢えて片岡に関する情報を得ようともしなかった。
片岡がこの町を…この店を訪れることもなかったのだ。

…それがなぜ…。

澄佳は恐々と片岡を見上げた。

…少し窶れ…そして少し歳を重ねたような気がするが、その面差しは昔と余り変わってはいない。
すらりとした長身…やや神経質なきらいはあるが整った貌立ち…洗練された物腰…。


澄佳が初めて愛した男だ。
初めて、身も心も捧げ…世界のすべてを捧げた男だ…。
…その男が再び目の前に現れたのだ。
平常心でいられるわけがない。

…けれど…。
再び男を真っ直ぐに見つめる。

…不思議だわ…。
昔は、このひとを見る時はいつもどきどきして…見つめられるとどうしたらいいか分からないくらいに動揺して…恥ずかしくて…そして、身体が縮こまるくらいに嬉しかった…。

…けれど今は…。

この胸の内は、凪いだように静かだ…。

澄佳はふっと小さく息を吐き、仄かな微笑みを浮かべた。
「コーヒーはいかがですか?
…貴方の好みの豆ではないけれど…」

片岡はほっとしたように頷き、少し眩しげに小さく微笑った。
「頂くよ。ありがとう…」

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