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フリマアプリの恋人
第3章 紫陽花のため息
車に乗ってからも、由貴子は言葉少なであった。
車内には由貴子の夜に咲く密やかな花のような薫りの香水が漂っていた。
その薫りを嗅いでも、今までのように苦しい気持ちにはならない自分に少し驚く。
…澄佳さんのお陰かな…。
思いを馳せるのは、かのひとだ…。

自宅の門柱の前に車が着くと、由貴子が口を開いた。
「…柊司さん、お好きな方が出来たのね…?」
「…え…?」
「…私には分かるわ。
貴方は恋をしている…。
…それも、貴方が夢中になるような恋ね…。
良かったわ。
…おめでとう…」
その美しい目元に優しい微笑みを乗せて、由貴子は告げた。
けれどその微笑みに例えようのない寂しさを、柊司は瞬時に感じ取った。
…じゃ…おやすみなさい…と言いかけ、ドアを開けようとする由貴子の白い手を思わず握り締める。

…白くしっとりとした手は冷たく…そして柊司が触れるとびくりと震えた。
「母様…!僕は…!」

…秘められた夜の花の薫り…胸が苦しくなるような…愛おしくも甘く切ない薫り…!

引き寄せようとする柊司の肩を泣きそうな貌で押しやり、由貴子は車外にするりと逃れた。

夕闇の中、由貴子の白い初夏のコートを着た後ろ姿が小さくなり…やがて家の中へと消えてゆくのを柊司は苦い思いで見つめ続けた。
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