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第3章 紫陽花のため息

「…有り合わせだからこんなものしかなくて…」
すまなそうにテーブルに並べた皿の料理に、柊司は目を輝かせた。

…そら豆のポタージュスープ、豆鯵の南蛮漬け、鰯とキャベツのパスタ、パプリカとアスパラのマリネ…。
「…今日はお客さんが早めにたくさん来たから、あまり材料が残らなかったんです」
恐縮したように言う澄佳に、柊司は微笑みながら首を振る。
「とんでもない。すごいご馳走です。
…全部、澄佳さんが？」
「ええ。私ひとりでやっています。
材料の仕入れから料理、接客まで…。
けれど、小さな店ですから大したことではないです」
「そんなことはない。…あの…さっきの男性は？」
…鋭い眼差しで最後まで柊司を睨みつけていた涼太…。
涼太の気持ちを知りつつ、自分は酷いことをしてしまったと、今更ながら心が痛む。

「…涼ちゃんですか？近所に住んでいる幼馴染です。
涼ちゃんは漁師なんです。
今日みたいに海が時化て船が出ない時に、忙しい時間だけ手伝いに来てくれるんです」
「…そう…良かった…。恋人かと思った…」
安堵のため息を吐く柊司に、わざと仏頂面でレモンの輪切りを浮かべたミネラルウォーターのグラスを差し出す。
「恋人なんて、いません。
この間、言いませんでしたか？」
「うん…。聞いたけれど…澄佳さんみたいに綺麗なひとに恋人がいないなんて信じられなくて…」
不器用に小さく笑う男に思わず、胸がときめく。
「…そんな…。買い被りだわ…」
…けれど、喜んではいけないと自分を戒める。
こんなにも美男子でスマートで知的で…何より優しい男が、自分に本気になるとは到底思えない。
…過去の辛い恋が、澄佳の心を冷たく凍えさせてしまったのだ。

…けれど、今は…。

「さあ、召し上がって下さい。
…お口に合うと良いのだけれど…」
努めて明るく声をかけると、柊司は嬉しげに澄佳を見つめて頷いた。
「ありがとうございます。
…では、乾杯」
男は手にしたミネラルウォーターのグラスを、そっと澄佳のグラスと合わせた。
グラスはかちりと澄んだ音を響かせた。

…今は、この儚い恋のときめきを密かに楽しむのだ…。