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第3章 紫陽花のため息

食後のエスプレッソを飲んでいると、不意に強い雨風がガラス窓を叩き始めた。
あっという間にそれらは台風のような凄まじい勢いと強さを増して来た。
澄佳が立ち上がり、窓の向こうに眼を凝らす。

「…雷雨になりそうだわ。
涼ちゃんが言っていた…。
…道は、大丈夫かしら…」
それが何かの予言かのように、夜空で突如雷鳴が轟いた。
昼間のような稲光が店内に閃光る。
しかし柊司はさほど慌てずに、きちんとコーヒーカップをテーブルに置くと立ち上がった。
「…初めて来た道ですし、気をつけて帰りますよ。
長々とお邪魔しました。
いきなり押しかけたのに、すっかりご馳走になってしまい申し訳ありませんでした」

そのまま帰り支度しようとする男に、思わず声を掛ける。
「…あの…明日はお仕事ですか？」
柊司はにっこりと笑う。
「いいえ。土曜日は講義はありません。
…だからゆっくり帰ります」
ジャケットを羽織る男に、小さな声で囁いた。

「待って…。あの…誤解しないで欲しいんですけど…」
「はい…」
「…変な意味ではなく…今夜…泊まっていかれませんか…？」
驚いたように柊司が眼を見張る。
「…澄佳さん…」
「…単純に…道が危ないからです。
…ここから国道へ出る道は、すぐに冠水するんです。
地元の人間でも雨のひどい夜には運転を嫌がります。
街灯も少なくて暗いから…車が川にでも落ちたら大変だわ…」
…だから…と、真っ直ぐに男を見上げる。
黒眼勝ちの涼やかな瞳が、稲光の色を映しながらしっとりと輝いた。

「…今夜は、ここに泊まっていってください…」
囁くような声だったが、その口調に迷いは微塵もなかった。