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虜 ~秘密の執事~
第1章  

ボトルに伸ばされていた椿の手が、パタリとタイルの上に落ちる。

「貴女を……椿様をこんなにも苦しめている近藤を、私はどうしても許せません!」

腹の底から湧きあがる憤りに身体を震わせる榊に、椿はポツリと呟く。

「忘れたいの……」

「お嬢様……」

「……榊だったら良かったのに……」

つい零れた言葉に、榊がそっと身体を離す。

「……お嬢様……?」

怪訝そうに椿を覗き込む漆黒の瞳に、椿は思いを込めて見つめる。

「榊だったら……」

(初めては……好きな人と……)

椿は濡れた手で榊のお仕着せの袖を掴み、必死に言い募る。

「いけません……お嬢様。何でもしますから、そのようなことは――」

苦しそうな声を発した榊を、椿ははっと見上げる。

(駄目……これ以上、榊を困らせたくない)

椿は榊が見た目以上に繊細で、執事の仕事に誇りを持っていることを分かっていた。

そんな彼が、使えるお嬢様に手を出すなど、出来るはずがなかった。

(でも、だからきっと……好きになった……)

「……ごめんなさい……」

「お嬢様が謝られることなど、何もございません」

真摯な瞳でそう答えた榊を、椿はまっすぐ見つめ返すことが出来なかった。

(やっぱり私は――汚い)

「……一人にして」

「しかし……」

「もうこれ以上、身体を洗ったりしないわ……」

榊に縋っていた手を離すと、椿はバスタオルを巻いてシャワールームを出て行った。





私は走っていた。

暗い、どこまでも暗い漆黒の世界を走っていた。

上下左右の方向感覚まで麻痺させるような空間を、必死に走っていた。

ハ―ハ―……。

後ろからは獣臭を発する野獣が、獰猛な歯の隙間から唾を滴り落としながら、椿を追いかけてくる。

(なんでっ! なんでこんな事……!?)

半狂乱になった椿は、足がもつれそうになるのを堪え、必死に逃げまどう。

びりっ。

紺色のワンピースの裾を野獣の牙が捉えた。

それはびりびりと引き裂かれ、椿の白い肌を露出させていく。

(誰かっ! 誰か、助けて――!!)

体勢を崩した身体が傾くのを、後ろから人間の腕が腰を絡め取る。

咄嗟に振り返った椿が目にしたものは――、
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