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虜 ~秘密の執事~
第2章
階下の食堂で榊に引かれた椅子にそっと腰を下ろす。
朝食の卓には珍しく父親も揃っていた。
いつもなら椿を見た瞬間頬を緩めて挨拶をしてくれる父親は、何か物思いに耽って椿の存在に気付いていない用だった。
「おはようございます、お父様」
声を掛けられてやっと気づいたらしい父親は、椿を見ると何故かぎくりと肩を強張らした。
「あ、ああ。おはよう椿。よく眠れたかい?」
「ええ、お父様」
「そうか……それならいい……」
父親はそう返すと、小さく嘆息した。
(やはり、おかしいわ……もしかして、昨夜の事がばれてしまった?)
ちらりと給仕をしてくれている榊に目配せをする。
しかし榊はそれに気づかないのか、いつも通りの美しい所作で椿の前に朝食のプレートを置いて離れた。
父親がごほんとわざとらしく咳をする。
「椿……黒澤から軽井沢の話があったのだが――」
(軽井沢なんて、すっかり忘れていたわ……)
「お父様……それですが、私お断りしようかと……」
「……どうしてだね?」
父親が怪訝そうに眉を潜める。
「ええ、勉強もまだ進んでいませんし、遊んでいる場合ではないかと」
こう言えば私の執事は自分に加勢をしてくれるだろうとふんで、椿は榊の入れてくれた紅茶に口を付ける。
「そうなのか、榊?」
父親が椿の傍に立った榊にそう尋ねる。
ティーポットを掲げた榊は下から見上げてくる椿には目もくれず、姿勢を正して答える。
「いえ。椿様は私の立てておりました計画よりも、前倒しではかどっておられます。二三日であれば、軽井沢に行かれても支障はございません」
「え……?」
(……榊……?)
椿は咄嗟には榊の口にした言葉を信じることが出来なかった。
優秀な執事はその軽井沢旅行の意味するものを知っていないはずはない。
なのにあたかもそれを勧める様な返事を寄越した。
呆然とする椿を置き去りに、父親は一つ大きく頷く。
「……そうか……では、行ってきなさい椿」
それは一家の家長から下された、決定事項だった。
「……お父様」