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虜 ~秘密の執事~
第2章   

もう朝食など手に付かなかった。

椿はカトラリーを置いてナプキンを取ると、椿に椅子を引かれて立ち上がった。

「椿……」

そう呼び止められ椿はびくりと固まる。

「……悪いな」

はっと顔を上げると、父親は椿からすっと目を反らした。

椿はそんな父親を見ておられず、背を向けて私室へと下がった。





(一回寝ただけで彼女気取りするなんて……バカな私……)

勉強をするまでの三十分の休憩中、人払いした私室で椿は自嘲した。

榊は仕える私からの命令で嫌々抱いただけなのに、何を勘違いしているのだろう。

もしかしたら榊は椿に対して愛情どころか、憎悪を燃やしているかもしれない。

無理やり抱かせられたと――。

三十分経ったのだろう。

控えめにノックがされ、榊が姿を現した。

「榊……」

そう呼びかけた椿に教科書等を用意していた榊が向き直る。

「なんでしょう、お嬢様」

榊はいつもと変わらず乱れたところ一つなく、問い返す。

だが椿の心の隅に、またあの違和感がふとよぎる。

しかし今はそれよりも確認したいことが合った。

(私の事……どう思ってる――?)

「………」

そんな事、聞けるはずがなかった。

軽蔑している――。

もしそう言われたら、椿はこれから生きて行く自信がなかった。

俯いてしまった椿に、榊が心配そうに声を掛ける。

「お嬢様。お身体の具合でも悪いのですか?」

「……何でもないわ。さて、今日は何から……?」

椿は無理やり笑顔を作ると、勉強をするために書斎に入った。







「やはり軽井沢は涼しいですね。来てよかったです」

軽井沢に来て二日目の昼、椿は感慨深げにそう言う。

黒澤は椿の満足そうな笑顔を見て、嬉しそうに頷く。

(よかった……てっきり昨日の夜、抱かれると思っていたけれど、この人は紳士だわ)

椿は昨夜、夜這いされるのではないかと恐怖で寝つけなかった。

しかしよく考えれば安曇家からも榊を含め数人の使用人を連れてきていたし、何しろ二人はまだ高校生だ。

使用人達はまだ結婚前の二人が床を共にするのを黙認することは無いだろう。

椿は自分の思い込みを恥じ、苦笑した。
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