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虜 ~秘密の執事~
第1章
そして、十六歳の時――。
「椿さんは夏季休暇はどうするのですか?」
「……まだ考えていません」
椿はそう少し伏し目がちに答える。
目の前で寛いだ様子で紅茶を啜る許嫁――黒澤は、椿のその答えに頬を緩める。
「では、うちの軽井沢の別荘にいらっしゃいませんか? 東京は熱くて勉強もはかどらないでしょう」
膝の上で長い指を組んだ黒澤の手を見つめながら、椿は内心嘆息する。
(お父様と榊が行かせてくれたらね……)
椿は一学期の成績が壊滅的に悪かったのだ。
安曇(あずみ) 椿(つばき)。
教科書、参考書出版を主とする、巨大パブリッシンググループの一人娘。
通信教育も行っている企業の娘が、名門大学付属高校で下から数えたほうが早い成績を収めてしまったのだ。
もちろん父は激怒。専任執事・榊(さかき)は減俸まではいかなかったが厳重注意を受けてしまった。
当然それを挽回する為、夏季休暇中は勉強三昧となったのだ。
すでに三日、朝から晩まで榊のスパルタ教育を受け、椿はへとへとだった。
黒澤にどう答えればいいのかと、斜め後ろに立っている榊を見上げると榊が一歩前へ歩み寄る。
「お嬢様、二・三日であれば大丈夫かと……」
軽井沢まで行って勉強するはずがないと踏んでいるらしい榊は、この夏の間に勉強から解放するのは二日、三日だと譲歩してきた。
「では、八月半ばにでもいらっしゃい。その頃なら花火大会もあるし、ね?」
黒澤はそう言って微笑むと、安曇邸を後にした。
「はあ、許嫁様のご機嫌取りも疲れるわね……」
応接間から出て私室へと戻った椿は、アンティークのカウチにごろんと寝ころぶ。
その良家の子女らしからぬ行動に、榊のお小言がその美しい唇から飛び出すのより先に、椿は言い捨てる。
「分かってるわ。三十分後から勉強するから! それまで寝か……ぐう」
「寝かせて」と言い終わるより先に眠ってしまった椿を榊はため息とともに見下ろすと、その細い体にブランケットを掛けて出て行った。
パタン。
扉が閉められた音に、椿はその大きな瞳をぱちりと開ける。
「……やっぱり焼きもちなんか、焼いてくれないわよね……」
椿は先ほどの榊の様子を思い出し、小さく頭を振る。