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実業家お嬢様と鈍感従者
第2章 プロローグ

「あんの、タヌキ親父~っ!」

一八六〇年。

イングランド ノーサンプトンシャー オルソープ。

ノーサンプトン伯爵領の領地の館(カントリーハウス)に、貴族にはあるまじき汚い言葉の怒声が轟く。

当家の近侍(ヴァレット)であるヘロルド・スペンサーは、雄叫びを上げた張本人――お仕えするお嬢様、アンジェラ・ノースブルックを見て嘆息する。

どうやら今日も『愛情深く・寛大で・素敵なお父上』からぎゃふんと言わされたようだ。

握り締められた拳はプルプルと震え、口からはハーハーと乱れた息が漏れている。

こうなったら暫く一人で放って置くしかない。

ヘンリーは茶を用意するため、アンジェラの書斎から出た。

階下の厨房へ行く途中、擦れ違う同僚達から「ご愁傷様」と労いの言葉を受ける。

彼女の奇行は日常茶飯事なので、皆慣れっこなのだ。

ティーセットを準備して部屋に戻ると、アンジェラは一応落ち着きを取り戻し、しかし憮然とした顔でソファーに座り込んでいた。

金色の豊かな巻き毛、きめ細かい象牙色の肌、一級品のサファイア石を填め込んだかのような深い蒼色の大きな瞳。

まさに見た目は純情可憐、黙って座らせておけば陶磁器人形(ビスクドール)が置かれているかのごときだ。

加えて、一を聞いて十を語る知性と頭の回転の速さ、独創的な着眼点。

家庭教師(カヴァネス)などほとんどお飾り、十二歳にして経済学を中心としたほぼ全ての学問を習得し、十三歳で起業した末、十六歳となられた今、英国内で指折りの実業家として成功を収めている。

そう、才色兼備なお嬢様なのです。

たまに口が悪くなるのと、男顔負けの言動を除いては……。

「お嬢様、お茶をご用意いたしました」

白い湯気を燻らしたティーカップをアンジェラの前に置いてやる。

カップから香りたつ馨しい香りに、彼女の険しく釣りあがっていた眉がすっと下がった。

「いい香り……」

紅茶を口にした彼女の顔が、締まりのないふにゃとした表情になったのを確認して、ヘンリーは口を開いた。

「旦那様は、今度は何を仰せになられたのですか?」
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