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実業家お嬢様と鈍感従者
第5章 意中の彼を落とす作戦・そのニ 汝、彼の前では常に笑顔!
そんな彼が無表情になってしまった理由は、おそらく――パブリックスクールだ。
学校に入学する為にロンドンの屋敷に引っ越した彼を追いかけて上京したアンジェラは、一ヶ月ぶりに再会した彼を見て言葉を失った。
そこに居たのは硝子玉の様に空虚な瞳をした、生キズ一つない美しい顔の十三歳の少年だった。
『……貴方は……誰? ヘンリーはどこ?』
まだ六歳だったアンジェラは、とにかく彼がおかしいという事しか分からず、そう言って泣く事しか出来なかった。
ヘンリーは困った顔をして小さな彼女を抱っこしてあやしてくれたが、彼女は彼が別人の様で怖くて余計泣いてしまった。
泣きつかれて眠ってしまったアンジェラが目を覚ますと、ヘンリーが傍にいる事に気付いた。
魂の抜け殻の様な彼が怖くなった彼女は取り乱したが、
『アンジェラ様……私です、ヘンリーです』
そう言って悲しそうな顔をして覗き込んできた彼の瞳が、むかし彼女が転んだ時に心配した彼の瞳と同じだと感じ、アンジェラはようやく彼だと認めたのだ。
それ以降、ヘンリーはずっと鉄面皮だ。彼は変わってしまった理由を聞いてもはぐらかすばかりで、結局分からずじまいで今に至る。
(もっと色んな顔がみたいのに……)
恋人になれたら、昔の彼のように笑ってくれるのだろうか。
恋人であるポーラの前では違うのだろうか。
あの綺麗に髭をあたったすべすべな頬が緩んで、初夏の新緑のように爽やかな緑色の瞳に柔らかな色が浮かび、自分だけを見て細められたら……。
「お嬢様……何をしてらっしゃるのですか」
にまにましながら彼の笑顔を思い浮かべていると、ヘンリーがアンジェラの手元を凝視していた。
彼女は無意識にペンを握って、手元の紙に彼の似顔絵を描いていたようだ。
「ああ、これ? 似ているでしょう?」
アンジェラは得意満面で紙を持ち上げて見せる。
「……ムンクの『叫び』……でしょうか」
紙を受け取った彼は左右に回転して、ためつすがめつしていたが、分からなかったらしい。
「えっ? 貴方の似顔絵だけど……」
「………」
彼がずっと紙とにらめっこをしているので、よほど気に入ったのかと嬉しくなる。
「欲しいならあげるわよ?」