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実業家お嬢様と鈍感従者
第5章 意中の彼を落とす作戦・そのニ 汝、彼の前では常に笑顔!
(頬の筋肉がつりそうなのだけど……)
翌日、アンジェラは笑顔を顔に貼り付けながら、書類越しにちらちらとヘンリーの様子を覗き見していた。
ヘンリーは彼女の告白を受けた翌日でも、いつもとなんら変わらない態度で仕えてくれている。
全然眼中に無いということなのかと凹みそうになるが、妹からの指示を思い出し、アンジェラは無理やり笑顔に戻る。
『意中の彼を落とす作戦・そのニ 汝、彼の前では常に笑顔!』
効果があるのかなんて分からない。
けれど何もしないよりは、何かが生まれるかもしれない。
アンジェラはそう自分を奮い立たせて、書類に眼を落とす。
(うん、楽しいことを考えよう! なになに……ウェストエンドの店舗にクライアントから苦情あり……『オーク製の椅子の足が買ってから直ぐ壊れてしまった』か……う~ん。楽しくない……)
ドールハウスファクトリーの顧客からのクレームだ。
ロンドンに出している数店舗の中に、不具合のある商品が混ざっていたようだ。
眉間に皺が寄りそうになるのを何とか回避して、アンジェラは笑顔で書類から顔を上げた。
「ヘンリー、ちょっといいかしら」
「はい……お嬢様、何か嬉しい報告でも上がってきたのですか?」
「いいえ、全然。クレームよ。どうして?」
「笑顔でいらっしゃるので……」
ヘンリーは不思議そうに少し首を傾げたが、アンジェラの顔を見て小さく笑ってくれた。
(キャ~! やっぱりヘンリーは笑顔が一番だわ! まあ、笑顔と言うよりは、笑われた感じがしないでもないけれど……)
本当は昨日告白して玉砕した相手に、今日どんな顔で会えばいいのか分からなかった。
しかし妹の作戦のおかげで助かった。
彼にとってもアンジェラに暗い顔をされているよりは、幾分相手がしやすいはずだ。
それに無理やりでも笑顔でいると、なんとなく元気になる気がする。
彼女は母親からよく無表情だと注意されるから、ちょうどいいのかもしれない。
不良品のチェック検査の項目を細分化して、以後徹底して確認する事を指示しながら、その指示を書き留めているヘンリーを見る。
無表情と言えば彼だってそうだ。彼女に見せてくれる顔は使用人としてのものだからかもしれないが、彼はいつも鉄面皮だ。
子供の頃は違った。好奇心旺盛でいつも瞳を輝かせた元気な少年だった。