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実業家お嬢様と鈍感従者
第11章 仮面舞踏会

真紅の壁には金の額縁に納められた絵画や、豪奢な椅子が配置されている。

アンジェラは楕円形の大きな金縁の鏡に映った自分を確認する。

映りこんだ彼女は仮面のせいか、いつもより大人びて見えた。

「ええ。今年もずっと私と踊って頂けると思っておりましたので、後でお渡ししようと隠していました」

昔を思い出したのか、ヘンリーはくすりと笑う。

使用人の為の舞踏会なのにいつもヘンリーを独り占めしていたアンジェラは、舞踏会後半に引き上げる両親に毎年無理矢理連れて帰られていた。

ヘンリーは今年もそうなるだろうと思って、数曲踊ったら彼女にこれを渡そうと決めていたらしい。

(仮面を着けたら、誰が誰だか解らなくなるから……? ヘンリーもいつまでも私だけと踊っていたいと、そう思ってくれていた――?)

そう夢想し、はっと我に返って自分を戒める。

駄目だ。

期待しては、駄目だ。

またそうやって自分に都合のよい、醜悪な妄想に取り憑かれてしまう。

差し出された手を取り、ホールから漏れ聞こえる曲に合わせて踊り始める。

期待してはいけないと頭では解っているのに、彼と二人きりで恋人同士のようにダンスをしていると、まるでふわふわとした夢の中の出来事のように思えた。

久しく感じていなかった、甘酸っぱくこそばゆい気持ちに心が満たされる。

仮面を付けているからだろうか、ヘンリーのほうもいつもより口元が綻んでいるように見えた。

「習い始めた頃の貴女は、よく私の足を踏んでくださいました」

「ヘンリーだってやられるだけでなく、ちゃんとやり返していたじゃない。貴方ったら私がミスする度に、ポケットから蛙やら虫やら出してくるのですもの!」

ヘンリーのからかいに、アンジェラは子供の様に唇を尖らせて反論する。

「ごほん……私も子供でしたね」

「ええ、それもかなりの悪戯っ子のね!」

空咳をしてそっぽを向いた彼が珍しくて、アンジェラは思わず噴き出してしまった。

「今から考えるとかなりの悪ガキでしたね。申し訳ありません」

「あら、貴方が認めるなんて! でも学校通い始めてからは、すっかり紳士になってしまったわ」

いつも可愛い顔に傷を作ってやんちゃばかりをしていた悪ガキは、ロンドンに行って身も心もみるみるスーツの似合う紳士に成長した。

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