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実業家お嬢様と鈍感従者
第11章 仮面舞踏会
「どうぞ足元にお気をつけください」
掴まれた手は長い裳裾を気にかけ、手を貸してくれてのことだった。
アンジェラは彼を見つめていた視線を緩慢に降ろす。
(貴方はそうやって、いつも正しくて……。その正しさが、いつも私を苦しめる……)
「……ヘンリー、今日はもういいわ。貴方も仕事を忘れて楽しんできて」
そう小さく彼の行為を拒絶して、アンジェラは掴まれた左手をもう片方の手でゆっくりとほどいた。
彼女のいつもとは違う反応にたじろいだ様子のヘンリーに背を向けて、手すりを掴んで贅を尽した造りの大階段を昇る。
深紅の絨毯をひかれた大理石を踏むヒールの音が、コツコツと妙に大きく反響する。
彼の目の前からさっさと消えてしまいたいと気持ちは急くが、そう気取られないようなるべくゆっくりと歩を進めた。
「……お嬢様」
階段の中腹まで上ったところで声を掛けられ、アンジェラは気まずく思いながらもおそるおそる振り向き、そして目を見張った。
視線の先には目元を覆うゴールドの仮面を付けたヘンリーが、階段の下から彼女のいる場所へと一段一段、優雅に登ってきていた。
「……では、仕事は忘れて……。もう一曲、私と踊って頂けますか、アンジェラ姫」
彼は芝居めかしてそう言うと、紳士がやるように膝を折ってアンジェラに手を差し出した。
どくり。
コルセットに締め上げられ豊かに膨らみを出した胸の下にある心臓が、その存在を主張するように大きく跳ねる。
「……――っ」
(ずるい……っ 貴方はいつもそうやって、いとも簡単に私の心を捕らえて離さない……)
ヘンリーに魅入られたように差し出された手に恐る恐る自分の手を乗せると、階上のロングギャラリーまで導かれた。
五十メートルはある細長い画廊は、等間隔に蝋燭のシャンデリアが吊り下げられており、漆喰に金箔が施された天井と相まって、煌々とギャラリーを照らし出していた。
「失礼」
ヘンリーはそう断ると、ジャケットの中から女性用の豪奢な仮面を取り出し、そっとアンジェラに当てがう。
シュルリと彼女の頭の後ろでリボンが結ばれる衣擦れの音がした。
「今年は趣向を変えて、後半は仮面舞踏会なのだそうです」
「……これ、私の為に?」