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実業家お嬢様と鈍感従者
第11章 仮面舞踏会
大広間へと引き返す途中、仮面をした女が腕にしなだれかかってきた。
微かな酒の臭いと盛った雌独特の香り。
先程のキスで軽い酩酊感に陥っていたヘンリーは、女に導かれるまま裏庭へと入り、苛立ちをぶつけるかの様に女の胸をまさぐった。
しかし女が矯声を上げた時、瞼の裏に涙を溜めて羞恥に頬を染めたアンジェラの顔が浮かび、彼は現実に引き戻された。
女の身体から離れ、項垂れて謝罪を口にする。
「……申し訳ない」
ヘンリーのやる気が削がれたと見てとった女は、捨て台詞を吐いて離れていった。
大広間へ戻る気にもなれず、当てなく夜露に濡れた庭を歩く。
冷たい夜風が彼の身体からどんどん熱を奪っていく。
しかしどれだけ経っても心の熱だけは奪い去ってくれなかった。
「………………」
(もう、自分の気持ちに嘘を付けない……。私は、お嬢様を愛している――)
知らず知らず、彼女の感触の残った唇を噛む。
こんな気持ちなど、一生気付きたくなかった。
気付いてしまった今、自分は自分の中の彼女への身分を省みない邪な恋慕の情を押し殺す為だけに、これから生きていかなくてはならないではないか。
そう、一介の使用人の自分が彼女に対して何が出来るというのか。
彼女の好意に甘えて一緒になったとしても、自分は彼女から名誉も財産も奪うことしか出来ず、唯一与えられるのは一生変わることのない彼女への愛情、ただそれだけ。
そんな形の無い、何の価値にもならない無いもの、ただそれだけのために不幸になると分かっていて、自分の大事な人から全てを奪う権利など、自分に有る筈もない。
「……――っ」
(使用人であれば……。そう、使用人でさえあれば、彼女の傍に一生居ることが出来る。彼女から何も奪うことも無く……)
気がつくと池に面した小さな東屋の前に立っていた。
アンジェラが小さいときから独りで泣く為に隠れていた、自分しか知らない彼女の避難所。
「……私は、どんなことをしても……貴女のことを守ります……」
例え、彼女からの一時的な愛情に応えられず、一時(いっとき)彼女を苦しめることになろうとも……。
ヘンリーは自分の気持ちを押し込んでしまえるまで、ずっとその場所に微動だにせず立ち尽くした。
立て付けの悪くなった東屋の窓枠が、きいきいと耳障りな音を奏で続けていた。