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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
謝罪したヘンリーに視線を上げた彼女は、口角を上げて笑顔を作ると、弱々しく笑った。
「……ごめんね、本当のことを言うとね……私、会社を始める前は勉強ばかりのガリ勉だったし、起業してからもずっと働きづめだったでしょう。だからちょっと離れて、普通の女の子として生きてみたいな……なんて思ったの」
「女の子……ですか?」
とても彼女らしくない理由に、咄嗟に聞き返してしまった。
小さな頃から学者肌タイプで、芸術や裁縫等の淑女の嗜みには全く興味を示さず、いつも家庭教師から逃げていた彼女からは、想像も出来ないことだった。
「うん。お母様は前々から私が仕事をするのに大反対だし、スージーも……あの子ったら酷いのだけど、私は女としての色気ゼロなんて言うのよ」
ヘンリーはスージーの歯に衣着せぬ物言いを思い出して、少し笑ってしまった。
アンジェラも静かに笑い肩を竦めて見せる。
「そんなことはありません。お嬢様は今でもとても魅了的な女性です」
「ふふ、ありがとうヘンリー」
心をこめてそう伝えたつもりだが、彼女はそう言って静かに微笑んだだけだった。
そのことがヘンリーの心に想像以上の衝撃を与えた。
(私はもう二度と、彼女の心からの笑顔を向けてもらえることは、無いのかもしれない……)
「……もう、お決めになられたのですか」
「ええ。叔父様にも昨日ご相談したの。私は会社から離れるけれど、お父様を名誉顧問に据えれば、伯爵家のハクは損なわれないだろうし、利益の何割かをうちが出資者として享受できる契約にすればいいんじゃないかって……」
すらすらと今後の方針まで伝えてくる彼女に、怒りが沸々と湧いてくる。
彼女が十歳、自分が十七歳の頃から学校以外の全ての時間を彼女との勉強に注ぎ、会社の立上げ・運営に携わり、彼女の一番傍で支えてきたという自負があった。
なのに私を除いた叔父君と御父上だけで今後の話を進めていたのかと思うと、言い様の無い苛立ちと無力感で頭の中が掻き乱される。
彼女を非難する言葉が口をついて出そうになるのを、ヘンリーは長年の使用人としての鍛錬で、ぐっと押さえ込んで飲み下す。
その一方で、彼女にそんな事を言えた義理もないことも分かっていた。
(彼女の気持ちに答えられない私が……ただの使用人の私が、そんな気持ちを持つこと自体、間違っている……!)