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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
普段の彼女なら朝食後は彼の入れた茶を飲みながら新聞に目を通したり、仕事に取り掛かったりしている。
しかし今日は窓際に凭れ掛かって何をするでもなく、外を眺めていた。
メイドに用意させた茶は繊細な意匠を凝らした茶器になみなみと満たされたままで、口を付けられていなかった。
「お口に合いませんでしたか?」
静かにかけた声に、アンジェラの細い肩がピクリと動く。
ヘンリーが部屋に入ってきたことに気付いていなかったらしく、少し驚いた表情をしていた。
「……あ、ああそうね……。貴方が入れてくれた紅茶に慣れてしまっていると……どうしてもね」
「申し訳ありません、メイドにしっかりと入れ方を習得させておきます……お嬢様、旦那様から私の異動の件をお聞きしました」
「……そう」
ヘンリーの言葉に短く相槌を打った彼女は、そのまま何も発さずただ窓を背に立ち尽くしていた。
空虚な沈黙に包まれ戸惑う。
旦那様から「詳細はアンジーに聞くように」と言われた手前、言い出さない訳にもいかず、また彼自身も確かめずにはいられなかった。
「十月いっぱいで事業から手を引かれると、お伺いしました」
「ええ……そうなの。ほら、どの会社も創業して三年経ったでしょう。大分安定してきたし、私が携わらなくても、叔父様がいてくだされば大丈夫かなって……ね」
彼女は眉尻を下げて笑顔で弁解する。
事業に関してはいつも強気で、言い訳や弁解などしたことがなかった彼女からは想像も出来ないほど、自分でも自信の無さそうな弱々しい返事だった。
「……お言葉ですが、どの会社もまだまだ創始期です。これから最盛期に向けさらに事業を拡大する準備をしていく、大事な時のようにお見受けします」
「……うん……そうだね……」
つい感情的になって口を付いて出てしまったヘンリーの意見に、アンジェラは俯いてしまった。
応える声が心もとなく擦れ、震えている。
ドレスの前で握り締められた華奢な両手は、何故か小刻みに震えており、色が白くなるまで強く握り締められたそれは、何かを押さえ込むのに必死な彼女の心の内を表しているように見えた。
「申し訳ございません、出すぎた事を……」
「……いいの、貴方は起業する前からずっと支えてきてくれたのですもの。そう思って当然だと思うわ……」