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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
ヘンリーがまっすぐ彼女の蒼い瞳を見つめると、アンジェラはびくりと震えたが目を逸らすことはなかった。
ただ何かに迷っているのか瞳は小刻みに震え、苦しそうな色が浮かんでいた。
「私は……っ」
震える赤い唇から掠れた声が漏れる。
しかしはっと息をのんだ彼女は、ヘンリーからゆっくりと視線を外し、背を向けた。
「私は……貴方が幸せであれば、それでいいの……。もう『約束』のことは忘れてくれていいわ――」
「………………」
約束。
主人と結んだ、たった一つの約束。
アンジェラの十七歳の誕生日まで、結婚しないという『約束』――。
二人の間に沈黙が下りた。
その沈黙は永遠とも思える、長く重いものだった。
「……旦那様に三日後までに返事をするようにと言われました。少し、考える時間を頂けますでしょうか」
ようやく口を開いたヘンリーに、アンジェラは振り返ってホッとしたような顔で応えた。
「勿論よ。返事は私にでも、お父様にでも構わないわ。ゆっくり考えてみて」
辞去の言葉を述べて彼女の私室を出た。
こうなることを予測していなかったといえば、嘘になる。
祖父の退職も近いだろうと読んでいたし、何より彼女からすれば振られた相手をずっと傍には置きたくないだろう。
しかし、彼女の近侍から外れることにはなっても、事業の補佐が出来るのは自分以外有り得ないという自負もあり、ロンドンの屋敷(タウンハウス)の執事へ異動になるくらいだと思っていた。
それであれば領地へ引き上げる時も一緒に戻る為、一年を通して傍にいることが出来た。
「まさか、事業から手を引かれるとは……」
この三年間、ずっと彼女が必死に頑張ってきたところを一番傍で見てきた。
周りからの辛辣な偏見にも、父親の無理難題の要求にも耐えて、弱音も吐かず……。
(女の子として生きてみたい……か)
その理由が嘘であることは分かっている。
彼女の最近の様子は明らかにおかしかった。
いつもなら何事も直ぐ決断する彼女が、判断に迷い、決断に時間が掛るようになった。
最初は何かしらの理由で今までよりも慎重に判断をする様になったのかと見ていたが、次第に慎重になったわけではなく何かに怯え、判断に自信を失っているようだと分かってきた。