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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
決断を後回しにすることによって、仕事の終業時間も後にずれる。
ディナーの時間に遅れ、欠席が目立つようになった彼女は、旦那様からもお叱りを受けることが少なくなかった。
そうすると夜半まで掛ることとなる。
ヘンリーは一緒に残業するつもりだったが「ディナー後は一人にして欲しい」と断られ、どうすることも出来なかった。
結局、彼女は翌朝ベッドの上で書類を抱えて倒れるように眠っていたり、机に突っ伏したりしているところをメイドに発見されることが多くなった。
(疲れてしまったのだろう……)
きっかけは正直分からない。
おそらく自分が彼女の気持ちに答えられなかったことも一因かもしれないが、仕事と恋愛は別だと思いたかった。
初めから無理があったのだ。
貴族の箱入り娘がたった十三歳で起業する。
そんな常識で考えて有り得ない事を、彼女がここまで続けて来られたこと自体、奇跡に近い。
ヘンリーはふと、領地へ戻ってくる前、会社の一つが銀行の融資を撤回された時の事を思い出した。
自分は驚いていたのだ。
お嬢様があそこまで取り乱すのを見るのは初めてだった。
「何故それほど焦るのか」との彼の問いかけにアンジェラは口を開きかけたのに、やはりいつもの様に自分の中に抱え込んで語ろうとはしなかった。
気がつくと、彼女を胸の中に抱き締めていた。
涙を堪え「一人にして」と弱々しく懇願する彼女を放って置く事など、出来なかった。
本当はそれさえも使用人として、正しい振る舞いではないことは分かっている。
しかし産まれた時からずっと大事に守ってきた愛しい少女が、苦しんでいるのを目の前にして抱きしめずにはいられなかった。
すっぽりと胸の中に納まる彼女の小ささに正直戸惑った。
こんな華奢な体で並の貴族でもなかなかこなせないであろう、事業運営をしてきたかと今更ながら気付いた。
小刻みに震える彼女の細い背中を労わる様に撫でてやっていると、やがて彼女の震えが止まり、すうすうと規則正しい寝息が聞こえた。
頬を濡らす冷たい涙を拭ってやると、ヘンリーは何も考えずにその白い額にそっと口付けていた。
あの時から自分は、彼女に対する己の気持ちに無自覚に気付いていたのかも知れない。