この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
スキンのアンニュイから作品を作ってみませんか?
第9章 匿名希望【ビター・トラップ】
彼は一瞬面食らった顔をしたあと、訝ったような、かと思えば嘲ったような曖昧な顔で、はっと笑い混じりの息を吐き出した。
「ちょっと。本気で言ってんの? 君さあ、なんて言って俺を振ったか忘れた?」
「『浮気したからお別れしましょ』」
「そうそれ。最低だよね。俺、あの時はなんでもないみたいに振る舞ったけど、実は結構傷ついたんだよ?」
「うん。でも、隠して付き合っていられないくらい、私も君のこと好きだったの」
「だったら――」
もしももう少しあの時大人だったら。もっとうまく振る舞えたんだろうか。
「……だったらどうして、浮気なんかしたんだよ」
こんな悲痛そうな声や表情をその時知ることも、できたのだろうか。
「好きすぎて、少しでも分散させないと……壊してしまいそうだったのよ」
お互いに。きっとどちらもまだ青くて、距離感を勝手に難しいものにしてしまっていた。
なんて幼い。なんて無責任な恋心だろう。
「思い出すなあ。君の長い指で触れられるのも、君のおっきい肩にしがみつくのも、すごく好きだった。漫画喫茶でこっそりしたのとか、覚えてる? 声出しちゃだめってわかってたけど、君にそう言われたくて私、声出したのよ」
ならば今あるこの感情は。いったいなんと名付ければいいだろう。
欲情というにはあまりにしみったれて、愛情というにはあまりに希薄。せいぜい一時の情がいいところだ。だったら、プライドをかなぐり捨てるなんてわけもない。
「……したね、そんなこと」
「そうだ。はじまりも、私の浮気だった」
無視すればよかった。
立ち話で済ませて、それじゃあって告げて非日常に背を向ければよかった。
グラスを重ねてしまったら、それだけで済まない夜もあると知っているはずなのに。あの日と同じように赤ワインを片手に、私はさらに、その感傷につけこんだ。
「駄目な人から私のこと、さらってくれたのよね」
君の失態はたったひとつ。
私のことなど、忘れていればよかったのに。
「ちょっと。本気で言ってんの? 君さあ、なんて言って俺を振ったか忘れた?」
「『浮気したからお別れしましょ』」
「そうそれ。最低だよね。俺、あの時はなんでもないみたいに振る舞ったけど、実は結構傷ついたんだよ?」
「うん。でも、隠して付き合っていられないくらい、私も君のこと好きだったの」
「だったら――」
もしももう少しあの時大人だったら。もっとうまく振る舞えたんだろうか。
「……だったらどうして、浮気なんかしたんだよ」
こんな悲痛そうな声や表情をその時知ることも、できたのだろうか。
「好きすぎて、少しでも分散させないと……壊してしまいそうだったのよ」
お互いに。きっとどちらもまだ青くて、距離感を勝手に難しいものにしてしまっていた。
なんて幼い。なんて無責任な恋心だろう。
「思い出すなあ。君の長い指で触れられるのも、君のおっきい肩にしがみつくのも、すごく好きだった。漫画喫茶でこっそりしたのとか、覚えてる? 声出しちゃだめってわかってたけど、君にそう言われたくて私、声出したのよ」
ならば今あるこの感情は。いったいなんと名付ければいいだろう。
欲情というにはあまりにしみったれて、愛情というにはあまりに希薄。せいぜい一時の情がいいところだ。だったら、プライドをかなぐり捨てるなんてわけもない。
「……したね、そんなこと」
「そうだ。はじまりも、私の浮気だった」
無視すればよかった。
立ち話で済ませて、それじゃあって告げて非日常に背を向ければよかった。
グラスを重ねてしまったら、それだけで済まない夜もあると知っているはずなのに。あの日と同じように赤ワインを片手に、私はさらに、その感傷につけこんだ。
「駄目な人から私のこと、さらってくれたのよね」
君の失態はたったひとつ。
私のことなど、忘れていればよかったのに。