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第9章 立待月(たちまちづき)

「記憶は……記憶は戻られましたか?」

東海林は息せき込んで尋ねる。

「いや……記憶は戻っていない。私もどうも腑に落ちなくて。何度もそれで良いのか雅に確認したんだ。同居する事にもなるしね……でも心底嬉しそうに、笑って喜んでくれたのだよ……」

「………………」

大の大人の二人が、無言で見つめ合う。

(分からない……雅様の考えが、読めない……)

「まあ、とにかくそういうことだから、私は宮前の親族の説得に専念する……五月蝿いだろうな。お腹が目立つようになる前に対外的な披露宴をするから、秘書室で決めて至急手配してくれ――」







ゴォーン……ゴォーン……。

教会に祝福の鐘が、厳かに鳴り響く。

おめでとう、おめでとうと、繰り返し掛けられる祝福の声。

ライスシャワーや色とりどりの花びらを撒き散らす参列者を、東海林は植木にもたれて遠巻きに眺めていた。

今日は新郎新婦の近しい友人知人のみを招いた式とパーティーのため、特に自分から挨拶にいく必要もないのだ。

来週行われる公式な結婚披露宴の事を思うと憂鬱になる。

月哉は将来を嘱望された青年実業家であり、代々続く名家の当主、財界で注目されているセレブリティーだ。

出席者は要人をはじめ国会議員や芸能人、提携先や筆頭株主等、そうそうたる面々。

そんな月哉にはひっきりなしに名家のご令嬢から見合いの話が来ていたのに、一般人の敦子と、しかも出来ちゃった結婚だ。

とにかく穏便に、無事に終わらせなければならない。

月哉によると、宮前一族からの反対はとてつもないものだったそうだ。

顧問弁護士だろうがなんだろうが関係ない。

敦子が月哉を足らし込んだ、わざと降ろせない五ヶ月になってから月哉に打ち明けたのだ、と散々扱き下ろされた。

宮前は分家のため、本来は本家の当主に対して反旗を翻すことはない。

しかし分家の当主達が月哉の親ほどの年の頃の者ばかりで、皆がそれぞれ息のかかった令嬢との縁談を持ち掛けていた為、敦子に対して辛くあたった。

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