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第9章 立待月(たちまちづき)

しかし、雅がそんな辛辣な宮前達から敦子を守った。

令嬢としてのたしなみである茶道の席に敦子が呼ばれると自ら進んで同伴し、付けや刀の敦子をさりげなくフォローした。

又、社交の場で居場所がなく、陰口を叩かれる敦子に知人を紹介し、不躾な輩には牽制した。

敦子は記憶が戻らなくても、前のようにお姉様と慕い助けてくれる雅に、とても感謝したという。

(とにかく、雅様と奥様が上手くいっている様で良かった――)

東海林は敦子が婚約の儀の為に、両親と本邸に訪れた日を思い出す。



「初めまして、お姉様。妹の雅です」

敦子を見た雅はそう言って、無邪気に微笑んだ。

敦子には事前に雅が記憶障害になった事実を伝えてあったが、実際に初対面の扱いを受け、少なからずショックを受けているようだった。

雅は敦子に対して最初は上品に接していたが、時間が経つにつれ落ち着きを欠き、そわそわとしだした。

後ろに控えていた東海林は記憶が戻ったのだろうかと気が気でなかったが、婚約の儀式がひと区切りした時、その理由が明らかになった。

「あの、お姉様……もしお嫌でなければ、お腹を触らせてもらっても宜しいでしょうか?」

雅は頬を染めながら、もじもじと敦子を窺った。

敦子は驚いて言葉を失っていたが、敦子の傍に寄り添っていた両親が雅の様子を微笑ましげに見つめてこう言った。

「まあ、お可愛らしい」

「敦子、触ってもらったらどうだい?」

敦子は、どもって「え…ええ、もちろん」と強張った笑顔を見せる。

雅はこわごわと着物をまとった敦子の腹部に手を置く。

「ここに……お兄様の子供がいるのね……」

俯きがちに雅が呟く。

さらりと落ちた長い黒髪に隠れたその瞳が底の見えない暗い色を湛えていることを、敦子とそして一部始終を注意深く見ていた東海林だけが気付く。

敦子の顔色が青ざめて見えた。

「……まだ、動かないのですね?」

顔を上げた雅は笑顔になると、可愛らしく首を傾げた。

「雅、あと一ヶ月はしないと、赤ちゃんは動かないと思うよ?」

月哉が後ろから雅の頭をぽんと叩くと、雅は嬉しそうに振り向く。

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