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妹
第4章 弓張月(ゆみはりづき)
(何かしていたとバレたかしら……いいえ、誰にも見られていないし、契約書はこっぱ微塵に裁断した。大丈夫、大丈夫よ、雅……後は自分がしっかりしてボロを出しさえしなければ――!)
冷水で顔を洗いハンカチで拭うと、少し落ち着いた。青白かった雅の頬にほんのり紅がさす。
「大丈夫」
鏡に映った強張った顔の自分に声を出し励ますと、化粧室を出た。
部屋に戻ると敦子が暖かいハーブティーを用意してくれていた。
「ティーバッグしか無いのだけど、暖まるかと思って」
渡されたマグカップを両手で包むように持ち香りを嗅ぐと、カモミールの香りがして少し落ち着いた。
「ありがとうございます、暖まったのでもう大丈夫です」
(狙っている人の妹だもの、そりゃ優しくするわよね――)
心配顔の敦子に、雅はそんな穿った見方をして、にっこりと笑って見せた。
鴨志田に着くと、会議室には宮前部長と部下の面々がすでに揃っていた。
「いやぁ、何事もなくクロージング出来て良かったよ」
恰幅のいい部長は、額に浮き出る汗を小まめに拭いながら切り出す。
「懸念事由はありますが常識の範囲内ですし、前受益者に帰属するものですから問題はないでしょう」
敦子はそう答えると、自分の鞄から目的の契約書を取り出そうとして――動きが止まった。
視界の隅で一部始終を追っていた雅は、内心ほくそ笑む。
「宮前部長、申し訳ありません。契約書を忘れてきてしまいました」
敦子は直ぐに立ち上がると、深くお辞儀して謝罪を口にする。
いきなり謝罪された部長は、驚きで目を文字通り真ん丸に見開いていたがいきなり笑い出した。
「必死な顔をされているから何事かと思ったら、そんなことですか。契約書はきちんと御社に届いているのですね?」
部長は敦子に座るよう、言い聞かせる。
「はい、一時間程前に受けとりました。今すぐ社の者にバイク便で送らせますので、一時間程お待ち頂けますと助かります」
「それで構わないよ。高嶋さんにはいつも、イレギュラーな事まで頼っちゃっているからね~~。しかし高嶋さんでも、こんな可愛いミスをするのですね」
皮張りの書類挟みを閉じると、部長はからかうように敦子に笑いかける。
「初歩的なミスなどして、申し訳ありません」
敦子は今度は座りながら、深くお辞儀をする。