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妹
第4章 弓張月(ゆみはりづき)

上から降ってきたあまりにも意外な、そして静かな問い掛けに、雅は言葉を発せず首肯した。
長身の東海林の胸の中にすっぽりと収められながらも、背に回された腕は雅が嫌がればすぐさま抜けられるそれだった。
雅はされるがままに体を預ける。
月哉のとは違う、爽やかな香水の香りがまとわり付いてくる。
東海林はエリートで長身、ルックスもよく社内外を問わずモテると聞いている。
その彼が何故、自分みたいな面倒な子供を抱き締めたいなどと思うのだろうか、と雅はぼんやりとした頭の隅で思う。
(溺愛されていた兄を他の女に取られた、可哀相な妹として慰めている――? 馬鹿にしないで)
雅はそう心の中で虚勢を張りながらも、まるで東海林に甘えるようにそっと瞼を閉じた。
夢を見ていた。
周囲は漆黒の闇。
あまりにも何の光もないため、上下左右の方向感覚さえも狂ってしまいそうになる。
肌に感じる風もないのに、気温が低いのか、ひどく寒い。
足元から這い上がってくるような冷気。
身体が強張り、いうことを効かなくなってくる。
(ここは、どこ――?)
時間が経つと少しずつ目が闇に慣れ始め、ようやく自分のいる場所の周りがぼんやりと浮かび上がってくる。
(――階段? それも屋外にある……)
まだ自分のまわりが判別出来るようになったばかりの私に遠くなど見える筈がないのだが、私にはその階段がずいぶんと長い階段であることが分かった。
私はその階段の一番下の踊り場に居るようだ。
(どこだったかしら?)
こんなところに来た事はないはずなのに、何故か一度ならず何度も訪れたことがあるような錯覚に陥る。
ぱたっ。
液体の滴り落ちる音。
鼓膜を揺らす水の音に雨でも降り出したのかと、私は上方を仰ぎ見る。
しかし頭上には星ひとつなく、そこにもただ漆黒が広がるばかりだ。
ぱた。
また近くから水音がする。
私は気味が悪くなり、自分の周りを首を逡巡して確認する。
すると、足元に黒い水滴のような跡が付いていることに気づく。
「黒い……油?」
どろりとした漆の様に粘度の高い液体に見えるそれが何か、確認しようとしゃがむ。
すると、自分のこめかみの辺りから、また
ぱたっ。
と一滴、滴り落ちた。
「………?」

