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第4章 弓張月(ゆみはりづき)

私はおそるおそる、自分のこめかみ辺りを右手で触れてみる。

伸ばした指先は生え際のあたりで、ぬめっとした粘着質な水分を捕らえた。

下ろした自分の指先を確かめると、それは鮮やかな、濃紅の血に濡れててらてらと光っていた。

ふと、鼻先を鉄錆の匂いが掠める――血の匂いだ。

驚いて両手で自分の頭部をまさぐると、髪はべたっりと濡れ、後頭部にはそこにあるはずの頭皮が無く陥没し、生暖かくて柔らかい何かが、指先に触れた。

「ひ……っ!」

(自分の頭が……ない……!)

私は何が何だか分からなくなる。

声を出し、何も見えない漆黒の先に助けを求めようとするが、恐怖で舌が喉に張り付いたように動かず、引きつった嗚咽しか漏れてくれない。

頭部からの流血はどんどん酷くなり、ぼたぼたと両手で受け止められずに零れ落ち、足元に血の水溜りを作っていく。

血の匂いが濃くなり、あまりの匂いに嘔吐中枢が刺激され、胃の中身を戻してしまった。

(いやっ! 誰かっ! だれか助けてっ!)

せめて目を閉じて恐怖から少しでも逃避したいのに、瞼さえもいう事を聞かず、自分の足元に禍々しい血の海が広がっていくのを、まざまざと見せ付けられるしかない。

(なんで? なんでっ? どうしてっ?)

もはや全身が金縛りにあったように、動かなくなっている。

刹那。

ぴんと伸びた背筋に、ぞくりと悪寒が走った。

(な……なにか……)

何かが、後ろにいる。

すえた血の匂いと肉が腐敗したような臭気が、首筋に生暖かくかかる。

がちがちと顎がかみ合わず、震えが止まらない身体は瘧に罹ったように激しく振動する。

「……ゆるさない……赦さないわ。……私の、私の■■を奪うなんて――!」

うなじにこの世の者とは思えない何者かが囁いた瞬間――。

雅は絶叫して目を覚ました。



はぁっ、はぁっ、はぁっ。

まるで全力疾走をした直後のように息が切れる。

うまく肺に空気が回らず、雅は苦しさから咳き込んでしまう。

(何っ? 何なの――?)

夢とは思えない……あの、ぬるりとした血の感触、すえた血の匂い。

背中に冷たい汗がつつと伝い落ちる。

額も掌も冷たい汗にぐっしょり濡れ、寒さからか全身の震えが止まらない。

(こわい……怖いよ、誰か――っ!)

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