この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
妹
第4章 弓張月(ゆみはりづき)
「おはよう雅、今日はなんだかご機嫌だね」
眼鏡をはずすしぐさに胸が高鳴り、雅の綻んでいた頬が蕩けてしまいそうになる。
(お兄様がもう直ぐ、私の元に返ってきてくださるからですわ――)
「お兄様と一緒に朝食が頂けるからですわ」
赤くなった頬を見られたくなくて、雅は甘えるように月哉の首に腕を回して抱きつき、うっとりと瞼を閉じる。
(この鼓動がお兄様に届いているかしら、全身全霊をかけてお兄様を愛しているこの気持ち、伝わっているかしら――)
「雅は本当に可愛いなあ、そんなに離れたくないなら、お兄ちゃんが食べさせてあげようか?」
いつの間にか運ばれてきていた、アメリカンブレックファストの薄いトーストを長い指でつまむと、雅に一口かじらせる。
「離れたくないのではなくて、離れられないのですわ、お兄様」
雅の腰を抱いたままの兄の腕をちらりと見て、雅は悪戯っぽく笑った。
「またそんな可愛い顔で小悪魔みたいなことを言って。私の子リスちゃんには誰も敵わないな、ね、東海林(とうかいりん)」
月哉が振り向いた先には、秘書の東海林が手帳を開いて立っていた。
いつもは玄関先迄の出迎えだけだったので、食堂にいる秘書に雅はびっくりした。
「そうですね、雅様の為なら全てを投げ打っても良いとおっしゃる男性は、今後ますます増えますでしょうね」
話を振られた東海林は、ポーカーフェイスで意見を述べる。
「ふん、私を倒してからでないと、雅には指一本触れさせないけれどね」
月哉は雅を抱きかかえ直すと、唇を尖らせた。
「おはよう、東海林」
雅は一昨日抱き締められた相手を前にしてもまったくひるまず、兄の膝の上から朝の挨拶をした。
「おはようございます、雅様。ところで社長、本日の田島商事との御会食が先方の都合で延期になりましたので、宜しければ雅様と一緒に外食でも成されてはいかがでしょうか」
「そうか、じゃあ雅の取材が終わったら銀座でお洒落して、食事に行こうか」
東海林の提案を聞いた月哉は、心底嬉しそうな顔で雅に語りかける。
「え、いいのですか? 嬉しい、お兄様大好き!」
雅は兄の首に再度抱きつく。
(ふふ、今日は私にとって良いこと尽くめになる日だわ――)