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復讐の味は甘い果実に似て
第1章 終わりと始まり
それは僕が24歳の冬のことだった。
その時、僕は都内にある大学の情報工学部の修士課程にいた。
多分、その時点での僕は間違いなく順風満帆、という状態だったと思う。
すでに夏の時点で、自動車メーカーの研究所に就職が決まり、残る課題は修士論文を仕上げればいいだけだったし、その修士論文も、すでに学会誌に投稿したレポートがいくつかあって、それを再構成すればいい、というところまで来ていたのだ。
そして、その時の僕には、付き合ってから1年程になる恵梨という彼女がいた。
恵梨とは、当時、僕が夕食がてらよく通っていたカフェで出会った。
そのカフェでバイトしていた彼女に言わせると、僕は「いつも夜の8時ごろにやってきて、タマゴサンドとコーヒーのセットを頼み、文学部の自分には読み方もわからないギリシャ文字の並んだ難しい数式の本を閉店間際まで読んでいる人」という認識だったらしい。
僕が恵梨と初めて話をしたのは、確か、12月に入ってすぐのころだった。
翌日が休みなのをいいことに、僕はセットのコーヒーをカルアミルクに変え、ちびちびと飲りながら本を読み続けた。10時の閉店の時間まで粘り続けた僕に、アルバイトの彼女が申し訳なさそうに看板を告げに来たのが、初めての会話だったと思う。
だが、すいません、とあやまる僕に、彼女は微笑んでこう言ったのだった。
「……もし、よかったら、この後、飲みに連れて行ってくれませんか? ワリカンで。」
少しだけ酒の入った僕は、あっさりと恵梨の誘いに頷いていた。