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⊥の世界
第8章 夫
リビングに向かうと、夫が灯りを点けた。
「おかえりなさい。」
「ただいま。待たなくていいと言っているのに。」
「ちょうど、寝ようとしたところで鍵が開く音がしたから。お茶でも飲む?」
「いや、いらない。風呂に入ってくるから、もう寝てなさい。」
夫は、私の寝室とは反対の方に向かう。
「おやすみなさい。」
「ああ、起こして悪かったな、おやすみ。」
振り返えりもせずに夫は自分の寝室に向かう。
私も夫に背を向けて自室に戻った。
いつからだろう、互いに必要最低限の話しかしなくなったのは……
そして、帰りが遅くなる夫を待たなくていいようにと、寝室を別にしたのはいつだっただろう。
夫の寝室に呼ばれて、夜の営みをすることすらなくなってから、何年経つのだろうか。
たしか、今年は結婚10周年のはず、互いの誕生日も、クリスマスも、バレンタインも、結婚記念日も、祝うことがなくなったから、定かではないが、確かにこの人と生活して10年になるはずだ。
子供がいたら違ったのだろうか。
カウンセリングを共に受けたのが、良くなかったのか。
大事にはしてもらっている。
働かなくていい。
買い物に出なくていいように宅配にして、
ゆっくり休めるように寝室を分けた。
仕事が忙しくなり始めた頃、夕食が要らない時に連絡をもらう約束にした。
もっと忙しくなり、夕食が要る時に連絡をもらうことに変わる。
それが今では、基本平日は夕食は要らない。そして特に遅い時の連絡が入るだけになった。
さらに、今日のように帰りを出迎えると煙たがられる。
優しさだけで出来ているような夫は、声を荒げることはない。
でも、私の体調を気遣う言い回しで、私と共に過ごす時間を拒むのだ。
朝ごはんが唯一一緒の食事だけど、ギリギリに起きてきて、出したものをかけ込むように食べて出ていく。
私が前に座って一緒に食べようとすると、時間がないと言って席を立つ。
何の為に夫婦でいるのか、
わからなくなるほど寂しい。