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もうLOVEっ!ハニー!
第22章 三角の終焉
美弥は笑顔を固まらせて、秒針ぐらいゆっくりと視線を床に落とした。
ピアノの音だけが空気の優雅に震わせている。
校庭の騒がしい声も、校内のざわつきも全部波が押し出していくように、段々と鼓膜をピアノの音が占領していくこの数十秒がたまらない。
コンサート会場では、始まりから静寂に包まれているから、一音目から完璧でなくてはならない。それよりも、この乱れた音の洪水の中で抗うように弾く昼休みが愉しい。
弾き終えるまで無言だった唇が、重そうに開いた。
「時薬って、本当にあるんだねえ」
自分にではなく、自身に囁くように。
ああ、せっかくドビュッシーなら亜麻色の髪の乙女を弾くべきだったか。
それもわざとらしいか、と指を鍵盤に休める。
「ナミナミはさ、どうしたらそんなに強くいれるの」
「ふふ、買いかぶってますよ。盲目なだけです」
クラシックのタイトル空欄クイズを亜季に提案しようか。
ピアノ室を出てから教室に向かっていると、模造紙を抱えた生徒の群れにぶつかりそうになって端に避けた。その中に目立つ金髪がいたので、つい視線をぶつけてしまう。
「うわ、美弥先輩。まだ見慣れねえって、その長さ」
「廊下に広がんなあー、足踏まれちゃうよお」
「踏みながら言うなって! いってえ」
グリグリと上履きでこばるの足を踏んでから、さっと通り過ぎようとすると、手首を掴まれた。
「ピアノ室、奈己に会ってきたんだろ。変わったことなかった?」
「んんー? それは同学年のこばりんの方が察知しやすいんじゃないの」
あら、すでに何かあったみたいだにゃ。
クラスメイトに模造紙の束を押し付けて、こばるが廊下の窓に寄りかかる。ここで立ち話をと言うお誘いだ。廊下の吊り時計を見上げて、まだ十分以上あるのを確認してから隣にもたれる。
「あのさ、奈己と亜季が喧嘩してんの見ちゃって」
「いつもの痴話喧嘩じゃなくて?」
「じゃなくて。その後からルカと三人でいるの減ってる気がして」
「気のせいじゃなくて?」
「じゃなくて。もしかしたら相談されてんのかと思って聞いてみただけ。知らねえならいいや。亜季が暗くなってないし考え過ぎかも」
「こばりんは優しんだにゃー」
「あと陸とどこまでやったの?」
バコン、と頭を叩いて髪を乱してやった。
弁明する声を無視して教室に足を戻す。
奈己と亜季、ねえ。