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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第16章 2 宮様と王子
 研究開発のピークを終えて薫樹は帰宅し自室の研究室で調香をする。何を調香しているのか興味があるという清水涼介を薫樹は気にせず部屋に招き入れる。
 勿論、涼介は邪魔をせず、静かに調合する様子を見ている。芳香の足に触れるチャンスをうかがっていることもあるが、純粋に薫樹が個人的な調香をすることに興味があるのだ。

「清水君、ちょっといいかな」
「ええ、いいですよ」
「この部分の配合なんだが――」
「ん? どれどれ――ちょっと酢酸ベンジル多いんじゃないですか?」
「そうか」

「んんー。この配合……。フェロモン香水でも作ってるんですか? はははっ」
「流石だな。よくわかったね」
「ちょ、ちょっと、匂宮さまともあろうものがフェロモン香水なんか必要なんですか? それ会社の企画じゃないでしょう」
「うむ。実は僕と芳香はまだ結ばれていないんだが、できるだけ良い夜にしたいと思っていて――前回の配合はちょっと彼女を暴走させてしまって」
「いっ、あ、そ、そうですか、ははっ……」

 眼鏡を直しながら真剣にレシピを眺める薫樹を、涼介は気を取り直して咳払いしアドバイスする。

「兵部さん。真面目な話、この調合だと女性が男性に向けるフェロモン効果になりますよ。兵部さんが芳香ちゃんを落とすほうなんでしょ?」
「ああ、そう言われてみればそうだな。僕は十分、その気だからね」
「いやあ、参った、のろけか……。まあとにかく彼女をその気にさせる男のフェロモンと暴走させ過ぎないストッパーも必要ですね」

 涼介は配合メモにサラサラと万年筆で書き加える。

「カストリウムにメントール……か。ほうっ、さすがミント王子だな。これはいい!」
「お役に立てて光栄です」

 芳香にモーションを掛けていたことなどに気づかず、調香の配合のアドバイスを素直に聞き信頼してくる薫樹を涼介は感心して眺める。

「今まで友人なんかいなかったけど……」
「ん? 何か?」
「いえ、別に」

 薫樹とは友人になれる気がしていた。
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