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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第16章 2 宮様と王子
「俺も紫の上探さないとなあ」
「ふっ、芳香は紫じゃないな。どちらかというと宇治の大君かな。育てるところなんかなかったから」
「なーるほどね。対等なわけだ」
「それどころか彼女は新しい創作のヒントをくれたりすることもある。女神だな」
「はあ。ああ、確かにこの前カフェのメニュー見せたら冬のミントメニューを考えさせられたなあ。鋭いですねえ彼女」
「フフッ、そうだろうそうだろう」

 薫樹の満足そうな様子に涼介は芳香を手放すことはないだろうと実感する。

「あーあ、あんないい足の娘。滅多にいないのになあ。宮様のものかあ」
「よく、足、足言ってるがそんなに珍しい足なのか」
「付き合った娘たちと眺めた数と、これからの出会いの予想で換算すると、たぶん万分の1かなあー」
「ほう、万分の1か」
「ええ、ほんとそれくらいかな」

「ふむ。僕は女性と付き合うのは芳香が初めてだが、恐らく彼女の香りは億に一つだな」
「ほええー、億に一つかあ。じゃあ、やっぱかなわないなあ。諦めます――」
「何を?」
「いえいえ、こっちの話です」
「万に一つならまだまだ出会えるだろう。希望を捨てないように。僕は芳香に出会うまで、一生独りで過ごすだろうとさえ思っていたからね」

 大げさではないだろうが、本当に妥協をしそうにない薫樹に涼介は自分ももう少しストイックに過ごそうかと一瞬考えたが、性格的に無理だなと思い直す。同じ調香師でも、人の口に入るものに香り付けをするフレーバリストを選んでいる時点で涼介は人と交わっていくこと、社交が好きなのだ。
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