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午睡の館 ~禁断の箱庭~
第1章 前編
四月。
「お兄様――」
ふと自分が呼ばれた様な気がして、渡邉は振り返った。
しかしそこにあるのは、ただ一面の桜吹雪。
否――。
新入生の花飾りを付けた女生徒が一人、こちらへ向かって小走りに掛けてくる。
彼女の濡れた様な黒髪が、ゆらゆらと弧を描くように彼女の背中で跳ねる。
近づくにつれ、彼女の容姿が人並み外れた美しいものだと気づいた。
透き通るような白い肌に、印象的な切れ長の大きな瞳。
頬にはそれこそ桜が咲き誇ったかのような、慎ましやかな朱がさしている。
「お兄様――」
もう一度その声が聞こえた時、渡邉はやっと我に返った。
その美少女は渡邉の斜め前にいた、青年の腕の中にいた。
「きりーつ」
渡邉が教室に入ると、日直が少し気だるげに号令をかける。
「礼」
「着席」
がたがたという椅子を引く音がやんだ頃、渡邉は朝のHRを始める様、学級委員に指示をする。
今日の議題は『新入生ピクニックの行先決め』だ。
今どきの高校生がピクニックって……と思わないこともないが、学園の決まりなのだからしょうがない。
さぞ、皆「どうでもいい」と思っているだろうなと渡邉は考えていたが、意外にも皆、笑顔で行きたい場所を発言している。
司会進行を学級委員に任せている渡邉は、教室の隅に陣取ると、ちらりと窓際に座るある女子生徒に目を止める。
東儀(とうぎ) 櫻子(さくらこ)。
渡邉が入学式の日に「お兄様」と呼ばれたと勘違いした少女だった。
櫻子は議題に興味がないのだろう。
窓の外をその切れ長の瞳でぼうと見つめている。
窓の外にあるのは、やはりと言うか、桜だ。
そう、彼女がこのピクニックに参加しないことは、私を始め生徒全員が知っている。
理由は――、
その一、体が弱いため。
その二、この学園の理事の知り合いであり、かつ、毎年莫大な額の寄付をしている櫻子の祖父が、櫻子を参加させないため。
その三、その祖父の命令で、櫻子は一学期いっぱいでイギリスへ留学するため。