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星逢いの灯台守
第1章 名も知らぬ薔薇
「…周りはみんな知り合いで、人間関係も狭くて、どんな人かすべて知れ渡っていて、人が何をするのかすぐに干渉しようとする。
…息がつまりそうでした」
口に出すごとに、心が軽やかになった。
こんなことを口にするのは、生まれて初めてだった。
母親にすら話したことがない心の本音を、今日初めて会った人に打ち明ける。

「愛人の子供…て虐められた?」
特に気の毒そうに聞くわけでもなく、片岡がさらりと尋ねる。
「いいえ。…どちらかというと、腫れ物に触るような扱いでした。
…母は息を詰めるように生きていたし、僕は…早くほかの場所に行きたかった…」
…僕のことを誰も知らない場所に…
言いかけて、はっと口をつぐむ。

…この人は本妻の息子なんだ。
僕を一番非難していい人なんだ。
そんな人にこんな話をして、どうするんだ。

宮緒は慌てて頭を下げた。
「すみません。こんな話をして…。
片岡さんにこんなこと…」

「構わない。
俺は全く気にしてない」
気を遣っている感じは一切なかった。
端正な貌には、ただ単純に宮緒に対する好奇心のみが浮かんでいるようだった。
「…え…?」

片岡は新しい煙草に火を点けると、楽しい打ち明け話をするかのように語り始めた。
「お袋は親父の女道楽には慣れている。
…俺たちはずっと東京に住んでいたしな。
親父の愛人は君の母親だけじゃない。
…銀座のホステスに赤坂の芸者…。
中にはタチが悪い女もいてね。
まあ、親父が金で解決したらしいが…。
…それに比べたら君の母親なんか可愛らしいもんだ。
お袋は気にも留めてない。
…だから、君も気にするな。
大人たちの事情なんかに惑わされるな。
自由に生きていけばいいさ」

胸の中から熱い熱い塊がせり上がり、必死で飲み込む。
…そうしないと、涙が溢れ落ちそうだったのだ。

…けれど、それは功を為さなかったようだ。
目の前のパンケーキの皿が滲み、ぽつりと水滴が溢れ落ちた。
「…す、すみません…」
…泣いたりしたら、だめだ。
この人を困らせてしまう。
…だって、この人は…。

ごしごしと瞼を擦る宮緒の前に、白いハンカチが差し出された。

「泣き止め。男は簡単に泣いちゃだめだ」
クールな声…けれど、微かな温かみを感じた。
「はい…片岡さん…」

「兄さんでいい」
…確かに、彼はそう言ったのだ。
宮緒はハンカチを握りしめ、貌を埋めた。


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