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星逢いの灯台守
第4章 上海ローズ
宮緒はホテルの大階段をゆっくりと降りる。
当然エスカレーターもエレベーターもあるのだが、宮緒はこのアール・ヌーヴォー様式の美しい意匠の大階段が好きだった。
壁に掛けられたクリムトの絵を見ながら、シャンデリアの輝きを確認する。
もちろんLEDライトなのだが一つでも消えているものはないか、チェックするのが宮緒の日課だった。

イタリア大理石が敷き詰められた床のロビーには今、空港から着いたばかりの観光客が賑やかにさざめきながらたむろしている。
…今日も盛況で良かった…。

ロビーの中央に据えられた大きな古伊万里の花器に生けられたチャイナローズに眼を遣る。

去年入ったばかりの中国人のルームメイド・リーフォアが一生懸命に生けてくれた花だ。
中庭に咲くチャイナローズを宮緒が毎日丹精込めて手入れしているのを見て、おずおずと自分に生けさせてほしいと申し出てくれたのだ。

「…私、日本の生け花教室…通ってます…。
ミスターの好きな花…生けたいです…」
片言の日本語が愛らしかった。
「ありがとう。ではお願いします」
笑いかけると、その滑らかな頰を林檎のように赤く染めた。

…チャイナローズか…。
唐時代からこの中国に咲き誇るという美しい薔薇だ。
次第に色を変える珍しさから中国でも珍重されてきた薔薇だが、なぜかこの花だけ宮緒は至極惹きつけられてきたのだった…。

…なぜだったのか…。

花を見ながら思いを巡らせていると、正面入り口の回転扉がゆるりと回り、ひとりの真紅のチャイナドレス姿の女性がエントランスへと入って来たのが眼に着いた。

…チャイナドレスとは珍しいな…。
そのほっそりとした均整のとれた美しいプロポーションに見惚れ…宮緒は思わず階段を降りる脚を止めた。

…まさか…。

到底信じられなかった。

…女性は大階段の踊り場に立ち竦む宮緒をゆっくりと見上げると、改めて彼の方に歩を進めた。

…真紅のチャイナドレスには美しく金糸で彩られた薔薇の花が刺繍され、その艶やかな黒髪は後ろに一つにシニヨンに結われ、紅玉色のチャイナローズの生花が飾られていた…。

…そして、その…思わず周りのホテル客たちを振り向かさずにはいられない嫋やかな優美な京雛に似た稀有な美貌は…。

…あのひとだ…!
宮緒の全身が震えた。

…由貴子がまるで幻夢のように現れ、宮緒の元に一歩ずつ近づいてきたのだ…。
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