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星逢いの灯台守
第4章 上海ローズ
「…この唄…」
由貴子を巧みにリードしながら、男はふと流れる曲に耳を澄ませた。
「ご存知ですか?」
「…聴いたことはあるような気がしますが…」

片岡は柔らかく微笑みながら流暢なドイツ語で口ずさんだ。
「…Wenn wir bei der Laterne stehn
Wie einst. Lili Marleen…」
「…リリー・マルレーン?」
由貴子の言葉に男は嬉しそうに微笑った。
「そうです。第二次大戦下、ドイツ軍が兵士を鼓舞するために戦地のドイツ軍放送局から流し、流行歌となったのですが、イギリス兵士の間でも流行ったそうです。
…勇ましい軍歌ばかりの中、ロマンチックな恋の唄は珍しかったのでしょう。
戦地の兵士が故郷の恋人を思う唄ですからね。
…マレーネ・デートリッヒが歌って一躍有名になりました。
私がニューヨーク大学に留学していた時、小さなライブハウスで年老いたドイツ系アメリカ人のクラブ歌手が歌っていたのを聴いて…それ以来好きになりました」

…いつかまた街灯の下で会おう…
昔のように…
愛しいひとよ…

懐かしそうに口ずさみ、由貴子の背中を優しく抱いた。

「…どなたか…忘れられない方がいらっしゃるのですか?」
尋ねる由貴子を見下ろし、ほんの僅か…微かな哀しみが透けるような笑いを浮かべた。

「…忘れたつもりでも…この唄を聴くと、鮮やかに蘇ります…」
「…そうですか…」
片岡の手が由貴子の手をしっかりと握りしめる。
「けれどもう忘れなければ…。
そのひとは今、とても幸せそうなので…」
由貴子は小さく頷き、優しく微笑った。
「…ええ。お幸せなら、喜んで差し上げなくては…」

…由貴子の胸に、柊司の美しい面影が浮かび…消えたのは、宮緒には内緒だ。

…いつかまた街灯の下で…
昔のように…
巡り会えたら…

「…何を考えているの?」
拗ねたような表情で宮緒が振り返る。
そんな男を、由貴子は愛おしげに振り仰ぎ、組んだ腕に力を込めた。
「…何でもないわ…。
さあ、もう帰りましょう…。
…帰ったら…貴方に大切なお話があるの」

…いつかあの場所で…
巡り会えたら…
とこしえに、愛しいひとよ…

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