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星逢いの灯台守
第4章 上海ローズ
シノワズリ調の硝子窓から射し込む陽の光は、柔らかな茜色だ。
…太陽が傾きかけていた。
その光の中、籐の長椅子に腰掛け、物憂げに茶杯を傾ける朱はうっとりするほどに美しく…どこか頽廃美めいた魅力に満ちていた。

彼はゆっくりと、まるで夢物語でも紐解くかのように語り始めた。
「…昔、由貴子さんのような方を存じておりました。
そのひとは、とても愛している恋人がいたのに些細な誤解が素で、その恋人を信じることができずに…結局、別れてしまったのです。
恋人は誠実で優しくて…けれどとても不器用で、それ故に二人は仲違いをしてしまいました。
本当は二人はとても愛し合っていたのに…。
若かったそのひとはそのことを見抜けずに、恋人の話も碌に聴かず話し合いもせずに、恋人から去ってしまったのです」
「…まあ…」
朱の一重の涼やかな瞳が、何かを追憶するかのように遠くを見つめた。
「…ふたりはそれっきり会ってはいません。
その恋人の消息も杳として知れずだそうです。
…今、そのひとはとても後悔しているそうです。
なぜ、もっと話し合わなかったのか。
なぜ、恋人の手を離してしまったのか…。
…いいえ。そんなことより…」

朱の常に柔かな笑みを浮かべていた横貌が、痛みに耐えるかの様に微かに歪む。
「…なぜ、彼をそんなにも愛していることに気づかなかったのか…。
なぜ彼に伝えなかったのか…。
…誰よりも愛していると…」
由貴子は息を飲む。
「…朱先生…。
もしかして…」

我に返ったかのように、朱の貌に再び柔かな微笑みが浮かび、そのまま由貴子を優しく見つめた。
「…由貴子さん。
本当に愛するひとと巡り会えることは奇跡なのです。
そのひとと人生を共にできることは、更に稀有なことです。
…だから貴女は、ご主人の手を離してはいけないのですよ。
…それが運命の恋ならば…、様々な困難はお二人の愛の力で必ずや乗り越えてゆけるのですから」
朱の嫋やかな象牙色の手が伸ばされ、いつのまにか流れていた由貴子の涙をそっと拭った。
「…朱先生…」
「…さあ、おゆきなさい…。
貴女がゆくべき場所へ…」
そう言って朱は由貴子の白い手を取り、励ますように恭しくキスを落とした。
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