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星逢いの灯台守
第1章 名も知らぬ薔薇
興奮している麻季子の肩を抑える。
「危ないです!」
「離して!離してってば!
…貴方なんか、どうせ直人さんの味方なんでしょう⁈
お妾さんの息子の癖に!
手懐けられてペットの子犬みたいに飼い馴らされてるなんて、可笑しいったらありゃしない!
…さぞ滑稽でしょうね。こんな私…!
新婚初夜から夫に見捨てられた女…!
笑いたきゃ笑えばいいわ!」
もがく麻季子を羽交い締めにする。
…頑強そうに見えた麻季子の身体はか細く、まだ十八歳の宮緒の腕で容易く抑えつけられた。

「笑いません!
麻季子さん、そんなに苦しいなら兄さんと離婚したらいいじゃないですか!
その方がお互いのためです」
…不意に腕の中の麻季子の身体がびくりと震える。

放心したように呟く。
「…できないわ…」
「どうしてですか?貴女のプライドですか?
…そんなもの…」
「違うわ…!」
麻季子が宮緒を振り仰ぐ。
美しくメイクした貌が哀しみに歪んでいた。

震える唇を噛み締める。
「…好きなの…。
直人さんが好きなの…!
お見合い写真を見た時から…ずっと…ずっと好きだったの…!
嫌われても好きなの!
嫌われてもあのひとの妻でいたいの!
だから別れたくないの…!」

子どものようにわあわあと泣き出した麻季子を抱き止める。
「…分かりました。泣かないでください…麻季子さん…」
…ひとは、分からないものだ…。
宮緒は思った。
高慢な妻だと思っていた麻季子は、切ないまでの愛情を兄に持ち続けていたのだ。
宮緒は、麻季子に同情めいた気持ちを抱いた。

ややもして麻季子は涙を拭き、俯いたまま詫びた。
「…ごめんなさい。…貴方に酷いことを言ったわ…」
宮緒は首を振る。
「いいえ」
「…本心じゃないわ。八つ当たりよ」
素直な麻季子の性質が透けて見えた。
「大丈夫です。あんなこと、何でもありません。
気にしないでください」
仄かに微笑う宮緒をちらりと見上げる。
「…許してくれる?」
「もちろんです」
…それから…
「麻季子さん、兄さんのところに行きませんか?
今の言葉を直接兄さんにぶつけてみたら…」

麻季子が力なく首を振った。
「…だめよ…。そんな勇気…ないわ。
…今度拒まれたら…どうしたらいいか…分からないもの…」
「…麻季子さん…」

一迅の風が吹いた。
庭園の名も知らぬ美しい薔薇が音もなく揺れ…その花弁を寂しく散らせた…。




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