この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
星逢いの灯台守
第5章 星逢いの灯台守
由貴子の白くほっそりとした美しい手が、柊司の手に触れる。
「…私はずっと、貴方の母様だわ。
そして貴方は私の大切な息子よ」
…温かな手…。
そうだ…。
かつて父親の見合いの席で会った由貴子は今日と同じ、温かな柔らかな手をしていた。
…あの日…父親が由貴子の兄と話し込んでいる間、柊司と由貴子は自宅の庭の散策に出たのだ。
「広いお庭ですわね。
…柊司さん。案内してくださる?」
言葉少なな柊司を由貴子は、決して押し付けがましくなくさりげなく誘った。
父親の再婚相手になるひと…と薄々勘付いていたので、粗相がないように緊張していたのだ。
由貴子は柔らかな静かな口調で自然に様々な話に水を向けた。
…濃桃色の古典柄の振り袖姿の由貴子は透けるように色が白く、肌はきめ細やかであった。
その貌立ちは代々家に伝わる京雛人形のように典雅で美しく…そして薫きしめた香は良い薫りがした。
…こんなに綺麗なひとが父様のお嫁様になるのか…。
柊司はまだ半信半疑であった。
父親は柊司から見てもとても人格者だし知的で優しく頼もしい紳士だと思う。
背もすらりと高く、その風貌も若々しく爽やかだ。
けれど、由貴子とは歳が離れすぎている。
今年二十四になるという由貴子より二十は歳上だ。
…父様は大学の研究に忙しくてなかなかお帰りになれないし…
結婚したらこのひとは寂しくならないかな…。
人ごとながら気を揉んだ。
柊司の心配をよそに、由貴子は庭に咲く薄紫色のリラの花に興味深く眼を留めた。
「…ライラック…好い薫りだわ。随分大振りですね」
柊司も振り返って、眼を凝らす。
「…ああ、ひいお祖父様のリラの木です」
「ひいお祖父様?」
「ええ。昔、父の祖父がベルリンに医学留学をした時、あちらで恋人が出来て…。
その方との想い出の花らしくて、父の祖母が大切に育ててきたのです」
初対面のまだうら若く美しいひとに恋の話をするのはやや照れ臭かった。
「…曽祖父は国費留学生だったので、そのドイツ人の恋人とは結婚できなかったんです。
曽祖父は泣く泣く帰国したそうです」
「…まるで鷗外の舞姫みたいだわ」
由貴子がどこかうっとりとしたようなため息を吐いた。
「曽祖母様もそう言っていたそうです。
…お祖父ちゃまのエリスさんの花だから、大切にしなくちゃね。枯らしたらいけないわ…て」
…でも…。
と、柊司は口籠った。
「…私はずっと、貴方の母様だわ。
そして貴方は私の大切な息子よ」
…温かな手…。
そうだ…。
かつて父親の見合いの席で会った由貴子は今日と同じ、温かな柔らかな手をしていた。
…あの日…父親が由貴子の兄と話し込んでいる間、柊司と由貴子は自宅の庭の散策に出たのだ。
「広いお庭ですわね。
…柊司さん。案内してくださる?」
言葉少なな柊司を由貴子は、決して押し付けがましくなくさりげなく誘った。
父親の再婚相手になるひと…と薄々勘付いていたので、粗相がないように緊張していたのだ。
由貴子は柔らかな静かな口調で自然に様々な話に水を向けた。
…濃桃色の古典柄の振り袖姿の由貴子は透けるように色が白く、肌はきめ細やかであった。
その貌立ちは代々家に伝わる京雛人形のように典雅で美しく…そして薫きしめた香は良い薫りがした。
…こんなに綺麗なひとが父様のお嫁様になるのか…。
柊司はまだ半信半疑であった。
父親は柊司から見てもとても人格者だし知的で優しく頼もしい紳士だと思う。
背もすらりと高く、その風貌も若々しく爽やかだ。
けれど、由貴子とは歳が離れすぎている。
今年二十四になるという由貴子より二十は歳上だ。
…父様は大学の研究に忙しくてなかなかお帰りになれないし…
結婚したらこのひとは寂しくならないかな…。
人ごとながら気を揉んだ。
柊司の心配をよそに、由貴子は庭に咲く薄紫色のリラの花に興味深く眼を留めた。
「…ライラック…好い薫りだわ。随分大振りですね」
柊司も振り返って、眼を凝らす。
「…ああ、ひいお祖父様のリラの木です」
「ひいお祖父様?」
「ええ。昔、父の祖父がベルリンに医学留学をした時、あちらで恋人が出来て…。
その方との想い出の花らしくて、父の祖母が大切に育ててきたのです」
初対面のまだうら若く美しいひとに恋の話をするのはやや照れ臭かった。
「…曽祖父は国費留学生だったので、そのドイツ人の恋人とは結婚できなかったんです。
曽祖父は泣く泣く帰国したそうです」
「…まるで鷗外の舞姫みたいだわ」
由貴子がどこかうっとりとしたようなため息を吐いた。
「曽祖母様もそう言っていたそうです。
…お祖父ちゃまのエリスさんの花だから、大切にしなくちゃね。枯らしたらいけないわ…て」
…でも…。
と、柊司は口籠った。