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星逢いの灯台守
第3章 空蝉のひと
宮緒は無言のまましなやかに歩く由貴子の後に付き従った。
…紅花紬とアメジスト色の印度更紗の八寸帯…帯は片流し文庫に結ばれている…由貴子の美しくも、品良く艶めいた着物の後ろ姿に思わず見惚れる。
由貴子が歩くにつれ更紗の帯の端がゆらりと揺れる。

…漂うのはあの白檀の薫りだ。

「…広いお屋敷ですね」
飛び石がどこまでも続く庭を歩きながら密やかに尋ねる。
…まるでどこかの日本庭園に迷い込んだかのような趣きのある樹々や池…そして月見台まである広い前庭だ。
由貴子は一瞬歩みを止め、ゆっくり振り返った。
「…明治中期に建てられた屋敷だそうです。
主人の曾祖父がドイツのベルリン大学に留学して医学を学んで医師になったのですが、その時に西洋建築にとても感銘を受けて、自ら設計して建てたそうです。
だから屋敷は和洋折衷で、お庭は日本庭園のままで…。
…曾祖父はベルリンにドイツ人の恋人がいたそうなのですが、国費留学生だったので卒業すると帰国しなければなりませんでした。
…その恋人とは泣く泣く別れて…西洋を想い偲ぶ為に西洋建築の屋敷を建てたそうです」
「…へえ…。
まるで森鷗外の舞姫だ…」
由貴子がふわりと柔らかく微笑した。
「…ええ。ベルリンのエリスさん…。
主人は小さな頃にもう高齢の曾祖父に何度もベルリンのエリスさんの想い出話を聴いたそうです。
…青い眼の美しい娘さん…。
唄がとてもお上手で…よくドイツの唄を歌ってくれた…て。
…特に、白いリラがまた咲いたら…という唄を良く歌ってくれたそうです」
…そう言うと由貴子は微かな…空気に溶けて消えてしまいそうな美しい声で歌った。

…白いリラが咲いたあの五月…初めて君に会った…

「日本では宝塚歌劇団のすみれの唄で有名ですわね。原曲がこの曲だそうです」
…由貴子は庭の樹に眼を転じた。
「…だからこの家には白いリラの樹があるのだそうです。
曾祖父の恋の忘れ形見のリラの花の樹が…。
曽祖母はそれは大切に手入れをしていたそうです。
…自分の夫の恋仇かも知れないひとの思い出の樹を…。
おじいちゃまの初恋の花ですからね…枯らすわけにはいかないわ…と笑って…。
…ひとは、いつか恋を想い出に変えることが出来るのかしら…。
苦しい恋も…懐かしい想い出になる日が来るのかしら…」
「…由貴子さん…」
由貴子は宮緒をしっとりと潤んだ夜の湖のような瞳で見上げた。

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