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星逢いの灯台守
第3章 空蝉のひと
「良かったですわ。
…スタバとかの抹茶のカプチーノのようで召し上がりやすいでしょう?」
茶目っ気のある眼差しで少し笑う。

…可愛いな…と、宮緒は胸が甘くときめいた。
「素敵です」
思わず素直な言葉が口に出た。
「…え?」
「貴女が素敵で可愛くて、どんどん好きになります」
由貴子は美しい形の眉を顰めて貌を背ける。
「…やめてください」
「どうしてですか?…確かに僕たちの出会いは行きずりです。
セックスから始まった恋かもしれない。
でも、僕は貴女に恋をした。
取り返しのつかない…貴女以外にはもう誰も考えられない恋だ。
それがいけないことですか?」
「ここは神聖な茶室です。
やめてください」
宮緒の眼を見ることはなく苦しげに言い放つ。

「…私…あんな向こう見ずなことをしてよくも…と思われるかも知れませんが…私は主人を愛していました」

静かに視線を上げ、ゆっくりと茶室全体を見回す。
由貴子の優雅な雛人形のような横貌が懐かしさと慕わしさの色に染まる。
「…主人とはお見合い結婚でした。
主人の兄と私の一番上の兄が大学の同窓で…。
歳もかなり離れておりましたし、最初からまるで私を娘のように大切に慈しんでくれる大人のひとでした。
…主人は生物学の研究をしておりましたが、仕事の虫みたいなひとで…一度研究室に入ると何もかも忘れて何日も何ヶ月も帰って来なくなることもありました。
…だから私のことを心配して、娘時代から続けていた茶道を極めて師範の資格を取ることを勧めてくれたのです。
僕がいなくても貴女が貴女らしくいられるように、日常生活に張りと愉しみを持って過ごしてほしい…と。
…このお茶室は主人の曾祖母が使っていたものですが、新しく手を加えて使いやすくしてくれたり、茶事のお道具やお着物や…すべて、私が良いように買い整えてやりなさいと…。
広い心で慈しんでくれたのです」

「…ご立派な方だ…」
心底そう思う。
これだけの成熟した美しく優雅な女性に成長させてやるだけの力と心と包容力のある人物だ。
滅多にいるわけではない。

しゅんしゅんと釜の湯が沸く音だけが、静謐な茶室の中に響き渡る。

やがて由貴子は、まるで昔からの秘密を打ち明けるように恐る恐る口を開いた。

「…息子に恋をして、お嫁に来た私を…。
…もしかしたら、主人はとうに知っていたのかもしれません…」




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