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第3章 誘い
 田舎の駅でひっそりと佇む終電。ドアは開け放たれたままで、秋の肌寒い風が舞い込んできました。昼間はそこそこの賑わいを見せるこの駅も、夜中の今とあっては静寂そのものです。ホームの明かりが煌々と灯っているぶん、周囲の闇が色濃く浮き上がっていました。

「……ふう」

 再びこみ上げてきた虚しさに、思わず大きな溜め息をつきました。

 

 私の吐息が、声が、静かな車内に響き渡ります。
 
 あれ……?
 
 人の気配がしないのです。電車の中ってのはどんなに大人しくしていても、乗客がいる限り何かしらの音がするもんでしょう。衣擦れや咳、私が吐いたような溜め息とか、カチャカチャと携帯をいじってる音とか、そういう人工的な気配がない。窓に映っている女性がいる事は分かっていましたが、彼女の息づかいすら聞こえてこない。

 私は背広を着直す素振りをして立ち上がり、さりげなく周囲の様子を窺いました。

 ……誰もいない。

 前列のほうは座席が壁になって判りませんでしたが、少なくとも私が座っている近辺には、眠っている女性以外に誰一人としていない。

 しかしまあ、今日に限っては都合がいい。静かすぎて異世界に迷い込んだような薄気味悪いモノを覚えましたが、後方車両はまだ少し賑やかだったりするはず。元々静寂を求めて先頭車両に乗り込んだのだから、かえって落ち着くというものです。

 窓に目を向けてふと、そこに映っている眠りこけた女性を見ました。ホームの明かりで胴体部分しか映っていませんでしたが、そういえば寝息が聞こえないなと。
 ……死んでるってわけじゃないよな。

 私は窓の反対側に視線を移し、直に女性を見ました。呼吸をしているかどうか、胸の辺りを凝視しました。他に誰もいないのなら、多少見つめたって大丈夫でしょう。

 すると真っ白なブラウスの下で、小ぶりな胸が上下しているのを確認できました。そりゃそうです。寝息が聞こえないのは離れているからであって、近くで耳を澄ませばスースーいってるに違いありません。私一人で何をはしゃいでいたのか……。

 窓の縁に肘をついて、電車が動き出すのを待ちました。静かであるならそれに越したことはないんです。ただそれだけのことだったんですから。

 特急電車がもの凄いスピードで追い抜いていって、ようやく電車が動き出しました。
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