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第3章 誘い

 ホームの明かりが、さようならと言わんばかりに遠退いていきます。

 また暗闇の景色がお出ましです。明かりが一気に減って、どことなく薄暗さを感じました。それだけ停車していた駅の明かりが強かったということでしょう。窓に浮かび上がった電車内の様子が、最初よりも色濃く映し出されたように思えました。

 ……数秒後、私はあることに気づいて目を見開きました。

 それは、こんな夜更けに見てはならないものでした。

 窓の外に広がる遠くの闇。その闇に重なって、スヤスヤと眠りこける女性の姿。その彼女のスカートから見える……開かれた脚……。

 その人はもう完全に眠ってしまっているようで、荷物のバックを抱え込むかのように組まれていた手が緩み、口が半開きになっていました。

 私は再び彼女に視線を向けました。もちろん窓に映った平面の彼女ではなく、生身の方をです。

 よくここで熟睡できるなぁ……。

 などと思うわけもなく、脚を凝視しました。股が緩んで、だらしなく開かれた下半身。普段はキッチリと着こなしているであろうスーツも、この時ばかりは男の卑しい性を誘うコスプレのように見えました。

 スカートから延びるスラッとした脚、その脚から下を覆うストッキング。若者らしい健気な色気はなかなかのもんで、今の時代となっては懐かしいイメクラを思い出します。

 ……イメクラか……。

 ムチムチした女がこれ見よがしに足を組む様を思い浮かべ、頭を横に振りました。

 ……変なことを考えるのはここまでにしておけ。

 社会人としての私が止めに入りました。

 ……あと十五分もしたら降りなきゃならないんだ。馬鹿なことをするんじゃないぞ。

 しかし、なぜか焦りました。

 ……十五分? 十五分しかねーのか。 

 あまりにも疲れてしまうと、なぜか発狂するほどセックスがしたくなるというのをどこかで聞いたことがあります。
 
 この時、この女性とセックスがしたいとは思いませんでしたが、奇妙な高揚感に胸が高鳴ったのは確かでした。
 
 いつ以来だろう。若い頃に忘れてきてしまったような、とても新鮮な気分。新しい世界の扉に手を触れたときのような、ドキドキ感……。

 蓄積した疲労と生活のストレスによって、キリキリと悲鳴を上げていた心が潤っていくようでした。
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